[Novel:04] -P:01-
いわゆる「自由業」なので、仕事のスタートが昼過ぎなのはよくある話だ。昼食中から始まった宏之(ヒロユキ)と晃(コウ)の「お願い」合戦は、すでに佳境に入っている。むうっと拗ねた表情を見せる晃に対し、困りきった表情の宏之は、とても善戦しているように見えないのだが。
晃を失うかもしれない!と慌てた大騒動は、まだ記憶に新しい。そりゃ出来ることなら宏之としても、晃のワガママを叶えてやりたいと思うけど。物事にはなんでも、特例というのがあるワケで。
「なんでダメなんだよ」
「だから、ダメって言うかムリだって」
「なにも恋人って紹介しろとか言ってるワケじゃないだろ〜?友達とか後輩とか、適当に言っとけばいいじゃん」
「そういう意味じゃなくて…そんなの、コウを恋人だって言うのなんか、全然問題ないけど」
それはそれでどうなのか。
さっきから押し問答が続いている。
「なんで今日に限って聞き分けてくれないんだ…」
今日に限ってというか、晃が聞き分け良かった試しなど未だかつて一度もないはずなのだが。残念なことにツッコむ者はいない。
「なに言ってんだよ。今日だから連れてけって言ってんだろ」
「今日だからダメなんだよ」
「ヒロユキ〜?」
わざとらしくダイニングテーブルに手をついた晃は、上目遣いに宏之を見上げている。
少し首を傾げ、甘えて見せるこの表情が、男に否定を許さない最強の武器だということを、晃はよく知っている。
「う……」
まんまとぐらついてしまう宏之のシャツを弱く引っ張るように握り、駄目押しとばかりに薄く開いた唇を見せ付けてきた。
「なあ、お願いって言ってるじゃん…」
囁くような声。
傍から見ていれば、わざとらしいほどの甘えた声。計算だとわかっていても、晃にとことん弱い宏之には充分で。ついつい、晃が望むことなら何でも叶えてやりたい欲求が、宏之を掠めたけれど。
頭を振って、正気に返る。
ソレとコレは別だ!
「無理だっ!今日だけは!」
顔を背け、晃の手を引き離し、荷物を抱えた宏之は逃げるように玄関へ飛び退いた。
「あ、テメッ!」
「今日だけは勘弁してくれ!ただでさえ緊張してるのに、コウまで来たら絶対トチる!」
実は宏之、身内に演技を見られるのが大の苦手なのだ。しかも今日は特別な日。演技をするとは聞いていないが、普段からは想像も出来ないほどかっこつけて立っているのは、いっそ演技をしているより恥ずかしい。
ヤダヤダ!と、逃げる宏之に、風呂嫌いの犬かオマエは!なんて晃が一瞬考えたのかどうかはわからないが。大きな瞳の少年は一変して、ふうっと息をついた。
「コウ?」
「じゃあ、行かない」
「へ?」
あまりに、あっさりと。
「行かないっ」
「なんで」
「なんでって、オマエが来るなって言うからだろ!行かないったら行かない!文句あんのかよ!」
きいっ!
怒鳴った晃の背中に投げかけられる、不審そうな視線。ふと宏之の思考に現れた人物はいつも飄々としていて、しかもかなりのイタズラ好きだった。
「二階堂さん?」
「なにが」
「二階堂さんに連れてきてもらう気じゃないのか?」
ありえる……。
二階堂(ニカイドウ)は今日のことを知っている。もしかしたら、ここで晃を押しとどめたとしても、すでにちゃっかり話がついているのかもしれない。
なにしろ二階堂には山のように前科があるのだから。
いくら止めてもいつの間にか晃に舞台のチケットを渡していたり、稽古場に晃を連れてきてしまう常習犯だ。
静かになった晃を見て、やっぱり、と言いかけたとき。
ぎろりと小柄な恋人が振り返った。
宏之を睨み上げているのは、整っているだけに恐ろしい、晃のキレ顔。
「疑うんだな?」
「コ、コウ」