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[Novel:04] -P:02-


「オマエ、今オレのこと疑ったよな?せっかく納得してやったのに。オッサンに泣きついたとか思うワケ?このオレが?ああそう。へえ?」
 腕を組み仁王立ちのまま、宏之を睨みつけている。ぶんぶんと首を横に振って、めっそーもございません!と訴えた。
「疑ったじゃん」
「疑ってない!」
「オレのこと信じないんだ?」
「信じる、信じるから」
「絶対だな?」
「ああ」
「絶対信じるんだな?」
「信じる!」
 つかつか歩み寄ってきた晃は、宏之の横に勢い良く手をついた。玄関の扉がバンッ!と痛そうな音を上げる。
「じゃあ、所在確認の電話なんか、絶対にかけてくるなよ?」
 ぴたぴた頬に手を当てられて、宏之は何度も頷いた。
 よく知っている。晃の本質は、子猫の見た目を完全に裏切る肉食獣。しかも、相当に凶暴な。手がつけられないほどに暴れたことだって、一度や二度じゃない。
「いいか?仕事が終わるまで、オレのことは忘れてろ。…ちゃんと集中するんだぞ?」
 はたりと。最後の一言に、宏之は晃の顔を見つめた。
 今日という日が宏之にとってどれほど大切な一日なのか、どんなに大きい夢の一歩なのか、誰よりわかっていてくれるのはやっぱり晃なのだ。
「…わかった」
 真摯な顔で頷くわんこに、晃はゆったり微笑んだ。宏之の肩に手を置き、かかとを上げる。大事なものに触れるような優しさでくっついた唇は、何度か宏之を啄ばんで、離れていった。
「じゃあ、行ってこい」
「ん…。コウ?」
「なに?」
「帰ってきたら、ちゃんと今日のこと、話すから」
「………」
「だから、ここで待っててくれ、な」
 語尾が少し小さくなったのは、晃の表情がすうっと青くなったように感じたから。どうしたんだろうと首を傾げるが、瞬きする間にそれは消えうせ、どこか幼い顔立ちには、いつもの強気な表情が戻っていた。
 錯覚だったのかもしれない。
 思い違いかも。
 ……でも。
 それは見たこともないような、淋しそうな表情だったから。突き刺さるような痛みになって、宏之の心に留まってしまった。
「コウ…?」
「待ってるよ」
 笑顔だった。
 初めて会った時と同じ、優しくて落ち着いた、歳に似合わない微笑み。
「ちゃんと、待ってるから。頑張れ」
「あ、ああ」
「あんま迎えの人、待たせんな」
「ん。じゃあ、行ってくる」
 夜には帰ってくるはずの部屋を、こんなにも後ろ髪を引かれる思いで出て行くことになるとは思わなかった。
 ぱたりと閉めたドアの向こう。
 晃が泣き崩れていたことなど、宏之にはわからない。



 マンションを下り、待っていた車に向かって走りだす。
 本当はすぐにでも部屋へ戻って、もう一度晃を抱きしめたい衝動に駆られていたのだが、運転席から身を乗り出している男に「早く早く」と騒がれてしまっては、そうも言ってられなかった。
「遅くなってすいません!」
 飛び込むように乗り込んだバンは、エンジンがかかったままだったこともあって、すぐに走り出した。
「マジ遅いって。なんだよ昨日、寝られなかったとか?」
「大丈夫です」
「しっかりしろよ〜?二階堂さんの秘蔵っ子とはいえ、テレビでは新人なんだからさ。しょっぱな遅刻なんて、シャレんなんないんだよ」
 相変わらず良く喋る人だな、と。宏之は少し眉を寄せた。今度の話を受けてから、無理矢理入れられた事務所の、勝手に付けられたマネージャー。
 二階堂と同じくらいの歳なのに、二階堂のような落ち着きはなく、晃と同じくらい喋るのに、晃とは違う耳障りな声。本来宏之は、第一印象で人を嫌ったり、避けたりしない方なのだが。
 どうにも初対面からこの人が苦手だった。


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