[Novel:04] -P:03-
「昨日説明した段取りはアタマに入ってるか?スチールだけとはいえ、気ぃ抜くなよな。向こうついたら挨拶周りとかもあるからさ。まあ顔合わせは済んでるけど、なんせこっちは新人なんだから。お前愛想ないから気をつけろよな〜」
くだらない文句で始まり、愚痴になっていくのはどうやらこの人のパターンらしい。
「つーか、だいたいオレに新人回すなんて、どうかしてるよ。フォローはするけど、現場では一人のこともあるから、スタッフの名前とかは一通り覚えといて。オレほんと忙しいんだよ。今さあ、三人も担当ついてんだぜ〜?正直、素人の面倒まで見てらんねーんだよな」
本当に、煩いことこの上ない。
一人で喋り倒しているこの男が、こっちに返事など求めていないのは、初対面から数日経った今、嫌というほど思い知らされていた。
わずかに揺れる車の中、宏之は相槌を打つことすら放棄して、思考から彼の声をシャットアウトしてしまう。
ぼんやり窓の外に目をやった。
そうして、今回の仕事の発端を思い出していた。
今度の話を持ってきたのは二階堂だ。
あまりの唐突な話に、最初は到底信じられなくて。ぼうっと二階堂の顔を眺めていたら、盛大に溜息を吐かれてしまった。
――あのさ、僕もヒマじゃないんだよ。やるの?やらないの?やるんでしょ?やるよね?
手にしていた台本でぺしぺしと頭を叩かれ、少しだけ正気を取り戻した宏之は「やります」と頷いた。少し、声が震えていたかもしれない。
うわついた思考のまま説明を聞いて、台本を押し付けられて。皺が寄るほど台本を握り締めたまま、二階堂の車で家へ送ってもらった。
放り出されたマンションの前、二枚目脚本家は苦笑いを浮かべていて。
――帰ったらチビちゃんに報告しな。そしたら実感沸いてくるよ。明日までにはその締まりのないカオ、どうにかしといてね。
言い捨てて帰っていく二階堂に、ぼんやり頭を下げて。ふわふわと部屋への階段を昇り、玄関を開ける。
晃の顔を見たら、二階堂の言った通り、急に実感が沸いてきた。自覚したら、止まらなかった。
小さな身体をぎゅうっと抱きしめて、思わず上げた喜びの叫び声。きっと近所迷惑だったに違いない。
――なんだ何があった?
困惑する晃を抱きしめている宏之は、春から始まる特撮番組の台本を握り締めていた。
宏之は幼い頃、ヒーローショーが大好きだった。
デパートの屋上や、遊園地でやっているあれだ。定石どおりの展開。決まりきったセリフ。でも、大好きだったのだ。
幼い頃交通事故に遭い、一命を取り留めた宏之は、一度だけ車椅子のままヒーローショーに連れて行ってもらったことがある。
車椅子に座り、両腕に包帯を巻いていた少年は、よほど目立っていたのだろう。自由の利かない少年の為に、地球の覇権を狙う敵も、子供たちを守ってくれる正義の味方も、なにかと舞台を下り、宏之の元へ来てくれた。
単純なヒーローへの憧れというより、子供たちの一人一人に心を砕いて、集まった人々をなんとか楽しませようとする空間を好きになった。
その思いは、いつかこんな風に、自分も誰かを楽しませる世界へ入っていきたいという夢になっていったのだ。
……しかしそこは、子供のこと。
成長するごとに興味は広がり、一度胸に抱いた夢なんか、ぽこぽこと毎日のように生まれる新しい希望に紛れて見えなくなってしまった。
野球もサッカーも人並みに好きだったし、普通に進学をして進んだ高校では、演劇部など見向きもせず、友人に誘われて水泳部に入部。インターハイへの夢なんか、見るのもおこがましいタイムだったけど。三年間、それなりに楽しかった。
なんとなく、薦められるままに受験をして。なんとなく、受かったから決めた大学。