[Novel:04] -P:05-
車は撮影所へと入っていき、駐車場のワクにナナメで停まった。まるでこのマネージャーの性格を現しているようだ。
「おい、聞いてんのか?!」
怒鳴られて、はっとマネージャーに顔を戻した宏之が、反射的に頭を下げる。
「すいません」
「ったく、勘弁しろよ〜。とっとと降りて!スタジオまで距離あっから。道、覚えろよ?昨日渡したパス、首からかけとけ。お前みたいな新人、誰も知らないんだから。昨日も言ったけど、今日は衣装つけてスチール撮るからな。スチール、わかる?写真のこと。っとにさ〜、だから新人の担当なんか、ぺーぺーの仕事だっつーんだよ。あ、オハヨーゴザイマ〜ス!」
ぐちぐち言っていたくせに、誰か大物の関係者を見つけた途端、彼は営業用スマイルを浮かべ、宏之を置いて走り出した。
言われなくてもここへ来たのは三度目だし、劇団でも舞台パンフの撮影があるのだから、宏之に説明する必要などない。もっとも、逆ギレられると面倒なので黙っておく。
見ていると、マネージャーの嫌味な営業用スマイルが癇に障るのか、相手はすでに迷惑そうだ。どうせ長くは続くまいと待っていた宏之だったが、今すぐにでも逃げ出したそうな相手を、マネージャーは執拗に捕らえている。
時計を確認し、溜息をついた。こういうのを、本末転倒と言うんじゃないか?
マネージャーに近づき、話し相手に頭を下げる。「先、行きます」と言い置いて歩き出した宏之を、彼は追いかけることもしなかった。まあ、行くところも、会う人も、すでに頭に入っている。どうせなら一人の方が動きやすい。
目的地へ向かう途中、宏之はふと妙な胸騒ぎを覚えながら、晃のことを思い出していた。
なんだか、放っておけないくらい切ない表情を浮かべていたせいだ。いつもの問答だと思っていたのに。あんな顔をさせるくらいなら、連れて来てやれば良かっただろか?
ポスター撮影のため、初めて衣装を着ける今日、どうしても照れくさくてダメだと言ったのだが……晃を悲しませたかったわけじゃない。
この仕事を伝えた時、晃は自分のことのように喜んでくれた。脚本を担当する二階堂が宏之を押してくれたのだと知るや否や、二階堂に電話をかけて「アンタわかってんじゃん!」などと、偉そうに言うくらい。
二階堂は、コンセプトを聞いたときから宏之のイメージだったのだという。
――敵役だけどさ。
はじめは敵として登場し、中盤で味方に寝返るセオリー通りの役柄。彼はヒーロー側の少女に惹かれ、振り回されていくうち、彼女を放って置けなくなって生まれた星を捨てる。
――いいでしょ。まんまじゃない?
それは、いつも晃に振り回されているから?
戦い人を傷つけていることに、疑問を持ち続けていた彼は、結局のところ少女に救われているのだけど。
――そうかもしれません。
素直に頷いた。振り回されているだけに見えていても構わないと思って。
晃に救われているのが本当は自分だなんてこと、宏之さえわかっていれば済む話だ。
なのに二階堂は平然と笑っていた。
――チビちゃんと付き合いだしてから、伸びたもんねえ宏之くん。拠り所が出来たせいかなってね、思ったんだよ。…ね?まんまでしょ。
なにもかもお見通しの彼の前で、宏之は驚きを隠せなかった。
晃だけのことじゃない。本当に、二階堂には何ひとつ隠しておける自信がない。
発声も、滑舌も、宣言通りイチから宏之に叩き込んでくれたのは二階堂だ。
それはもう、周囲が止めるくらいのスパルタだったけど。めげなかった宏之と、諦めずに指導してくれた二階堂のおかげで今がある。
一度でいいから、本当に特撮で演じてみたいなんて、口にするのはちょっと恥ずかしいような夢。晃にしか話していないはずだったのだが、それさえもお見通しだったのだろう。
宏之は指定されていた部屋を見上げ、少し呼吸を整えた。顔合わせは済んでいて、共演者たちのほとんどが自分と同じくらいの新人ばかりだとは言え、緊張は隠せない。