[Novel:05] -P:01-
晃(コウ)はまどか騒動の後も、自分のことを話そうとはしなかった。宏之(ヒロユキ)がいくら聞いても、上手く誤魔化しはぐらかして、話題を変えてしまう。何度食い下がったって、口下手な宏之では、晃の巧みな話術に敵うはずがない。
どんな風に生きてきたのか。
どんな風に生きていきたいのか。
聞きたいのに、教えて欲しいのに。晃の胸の中にもあるはずの熱いものを、分けて欲しいのに。
どれほど一緒にいて肌を重ねたって、言葉を重ねたって、信じてもらえないのだろうかと思うと悲しかった。でも顔を上げれば、そこには必ず、目を伏せる晃の顔があって。泣きそうな視線の先には、ほっそりした手が痛いほど握られていたから。
そんなものを見せられたら、たまらなくなる。そうしたら、「いいよ」と。抱きしめてやる以外のことは、出来なかったのだ。
マンションにバイクを向けていた宏之は、ふいに急停止し方向転換を図った。危ない運転に非難するようなクラクションが響いていたが、聞こえてなどいない。
不思議と確信があった。
どこへ行ってしまったのかと、悩む必要なんかない。まどかの件ですれ違った時はあれほど悩み探し回ったのに。
宏之は、バイクを公園の脇に止めた。近くにコンビニがあり、かつてそこでバイトをしていた晃が、店を抜け出して宏之を追いかけて来てくれた公園だ。
メットを外し、遠く、小さな人影を見つめる。
やけに落ち着いていた。
夕闇に暗くなっていく公園。ベンチに座るでもなく、何かを見ているわけでもない。小さく身を屈め、荷物を抱きしめている人影は、晃に間違いなかった。
晃の隣に大きなごみカゴがあって、それに寄り掛かり蹲っている。
二階堂(ニカイドウ)が言っていた。晃は手にしていたバッグを「捨てる」のだと話していたこと。
ゆっくり歩み寄る自分の顔から、表情が失せていくことに、宏之は気付いていた。いっそ青ざめているかもしれない。
ケンカなんかしょっちゅうで、晃が飛び出して行ったことだって何度もあったのに。最後になるかもしれない、と。今はどうしようもないくらいの確信がある。
すぐそばまで近づいて。でも晃は顔を上げなくて。もしかすると何人もの人がこうして晃の傍らに立ち止まり、声をかけたのかもしれない。
「…捨てないのか?」
真ん前に立ち止まって聞いた。
呆然と顔を上げた晃は、涙を拭おうともせずに宏之を見上げている。
唇を震わせ驚愕している晃の前に、冷たい表情のままで宏之が立っていた。
「な…んで…?」
ここに、宏之が?
「そのバッグ、捨てるんだって?じゃあ捨てろよ。俺が拾うから」
「ヒロユキ…」
「それで?捨ててからどこ行くんだ?」
「ちが…」
「じゃあ帰るのか?」
ぐらりと、晃はなす術をなくしてその場にへたりこんだ。ジーンズに砂がつくことなんか、気にしていられなかった。
――どうして?
どうして宏之が、こんなところに。
「オマエ今日、撮影…」
「どうでもいいんだよ、そんなことは」
「だって!オマエ夢だって言っただろ!」
宏之の夢だって、大事な日だって。そう聞いていたのに。言い縋る晃に、宏之は視線を鋭くする。
「俺のことなんかどうでもいい!今はお前の話をしてるんだ!」
晃の腕を掴み、引きずり起こした宏之は晃の持っていたバッグを奪い取った。
怖いくらいに怒りを湛えた宏之の目。
ああ、また。こうやって傷つけあうことでしか離れられないのかと。晃は目を閉じる。
「…返せよ」
「返さない」
「返せってば!」
「捨てるんだろ!?違うのか!」
「じゃあ捨てねーよ!だから返せ!」
「返さない!」
「とっとと返せよ!そんでオマエは撮影所戻れ!関係ねーじゃねーか、もう放っといてくれよ!」
悲鳴のように叫び、バッグを奪い返そうとするけど。宏之は頑として受け入れてくれなかった。