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[Novel:05] -P:04-


「死なねーの。わかる?オレさ、歳もとらねーんだ。会った時、18って言ってたアレも嘘。施設で育ったとかってのも嘘だよ。おもしれえだろ?マンガみたいじゃん?」
 けらけら笑っていた。可笑しくてしょうがなかった。あんなに傷つきたくないと怖がっていたのに、結局は同じことだ。そう思うと、なんだか思考ががらんと空洞になってしまって、自分が何を言っているのかもよくわからない。
「どんくらいかなあ。100年くらいは数えてたんだけどさ、あとは覚えてねーや。病気とかもしねーし、ケガしても治るんだぜ?ああ、前に風邪ひいたとかって言ったのな、あれ、オマエに看病して欲しくて、適当なこと言ってみた。信じんだもん、笑ったぜ」
 ――それは、嘘。
 真剣な顔で一晩中ついていてくれた宏之に、軽い気持ちで仮病を使ったこと、苦しいくらい後悔した。
 なら、今になってどうしてこんな、くだらない嘘を?
 簡単なことだ。
 ……嫌いになって欲しいから。
 どうせ同じことを繰り返すなら、もう自分のことなんて、嫌いになってしまえばいい。
「昔、腕切り落とされたことあんだけど、傷口だけはすぐ塞がってさ。しばらくそのままにしといたけど、不便だからってその腕肩にくっつけてみたら、案の定くっついてんの。面白くねえ?」
「コウ」
「なに?どーした?あれ、同情したか?優しいもんなあ、オマエ。別にどうってことねえんだって。何やったって死なねーんだもん。ラッキーじゃん?」
 あはは、と笑顔で言ってのけるのに、宏之はまるで自分が切られたかのように沈痛な表情で晃を見つめていた。
「なんだよ?」
「じゃあ、これは何?」
 今さっき、傷つけて。もう傷なんか跡形もない手。宏之に掴まれ、持ち上げられて見せつけられる。
「なんで、震えてるんだ」
「なんでって…」
「震えてるだろ!なんで泣いてんだ!」
 ぎゅうっと抱きしめられ、晃はやっと自分が泣いていることに気づいた。宏之の熱い身体に拘束され、からからに乾いていた心が少しずつ侵されていく。
「離して…」
「いやだ」
「離せよ!オレはヒロユキといたって開放されないんだ!」
「いやだ!」
「オレが探してる運命の相手はヒロユキじゃないんだ!ここにいたって、オレはまた一人になるだけだ!」
「行きたくないって言っただろ!」
「行きたくねーよ!どこにも行きたくなんかない!でも、ここにはもういられないんだ!」
 身体を捩って、抱きしめてくれていた心地いい腕の中を逃げ出した。振り返ったところに、逃がさない、と責めるような表情で宏之が立っている。

 宏之は、苦しげで。晃は泣いていて。でも二人は睨むように向き合っていた。
 晃の言う通り、安いコミックのような話は、宏之にとってまるでリアルじゃない。たとえ目の前で塞がる傷を見せつけられても、容易に信じることなんか出来なかった。
 信じられるのは、いまここにいる晃が泣いていて、そうして自分から離れていこうとしていることだけ。単純な喪失感だけだ。
 失いたくない。引き止めたいのに、上手く言葉が出てこない。
 たとえば二階堂なら、もっとなにか、気の利いた言葉が出てくるはずなのに。
「いやだ…」
 そんな、陳腐な言葉しか。
 とにかく大股に近づいて、晃の手を握った。白い肌に、血の跡が痛々しい。
 必死で考える。
 何か、何かないのか?晃を離さない方法は?晃の涙を止めるには、どうしたらいい?
 汗を浮かべ、懸命に考える宏之をじっと見つめでいた晃は、ふいに自分が笑みを浮かべていることに気づいた。
 ああ、好きなんだなあ、と。
 もう今更なことなのに、どんどん切ない気持ちがこみ上げてくる。
「何、考えてんのか知らねーけど」
 ゆっくり口を開いた晃は、自分の手を握る宏之の大きな手に、もう片方を乗せた。重なった手はあったかくって、息が詰まる。
「どうしようもねーんだ。この三年、楽しかった。たぶんこんなに、カレンダーばっか見てたのは、初めてだと思う」
 毎日、数えていた。
 あと何年?何日一緒にいられる?
 いつもいつも気になって。まるでそれが、遠足を楽しみにする子供のようだと思うと、可笑しくて。


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