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[Novel:05] -P:06-


「俺も行くから」
 驚愕に、目を見開いた。
 ――なに?なにを、言ってる?
「どうした?」
「ど、うした、って」
「三日がダメなら、二日でもいいけど。一応、実家にも…」
「違う!」
「?…なにが?」
「オマエ、何言ってんの?なんだよ、何考えて!」
「だから、俺も行くから」
「何でだよ!」
「コウは、行かなきゃいけないんだろ?」
「そうだよ」
「どうしても、ここにはいられないんだろう?」
「そう言ってんじゃん!」
「なら、俺も行く」
 晃の行くところへ。

 ずいぶんあっさりと、とんでもないことを言い出した宏之に、晃は悲鳴を上げたかった。考えもしなかった答え。宏之の本気がいっそう怖いのだ。
「待って」
「なに?」
「よくわかんない…どういうこと?なあ、オレがここを離れなきゃならない理由は、ちゃんと聞いてたよな?」
「ああ」
 晃が宏之とは違うつくりのイキモノであることも、救いが宏之の中にはないことも、ちゃんと聞いていた。
「オレの身体を、元に戻してくれるのは、オマエじゃないんだ」
「うん」
「その人を、オレは探してる」
 運命の、たった一人。何十億と世界中に散らばった人間の中の、本当にたった一人を。
「俺だったら、良かったのに」
「それはそうだけど。だ、だからさ。オマエじゃないんだよ。で、オレみたいなヤツがずっと同じところにいることは出来なくて。だからオレはこの街を離れなきゃいけなくて、もしかしたらこの国にもいられないかもしれないし、だから…」
 だから、なんだろう?なんだっけ?
 苦笑を浮かべる宏之は、愛しくて堪らないというように目を細めていた。混乱している晃の髪を、落ち着きな、なんて囁きながら撫でたりするから。晃は宏之の手を振り払う。
「落ち着くのはオマエだ!」
「?落ち着いてるよ」
「違うだろ!一緒に行くってなんだよ。なんの為に?なんで?そんなの、意味わかんないじゃん!」
 声を荒げる晃に優しく笑ったまま、宏之はぽつりと呟いた。
「…コウのために」
「な…!」
「コウのために出来ること、他に思いつかないから」
 ただ、その人のために何かをしてあげたいと思う気持ちに、理由なんかない。この衝動につける名前を愛と呼ぶなら、愛しているから、という言葉が相応しいのだろうか。

 晃は崩れ落ちて、声をあげ泣き出した。子供みたいに泣きじゃくる晃の隣に座って、宏之は何度も何度も背中を撫でる。

 今までにも、たくさんの人と別れてきた。本当のことを話したのだって、初めてじゃない。一緒に行くといってくれた人もいたのに。
 こんなにも、心が揺れる。
 大好きな人の人生を台無しにしようとしているのに。甘い誘惑が、晃の傲慢な欲求を増長させる。
 誘惑を振り切りたくて、必死に首を振った。
「ダメだ!」
「コウ…」
「ダメだよ、ヒロユキ…そんなこと、許されない。許されるはずがない!だってそんなの!劇団は?芝居は?夢は?…友達だって、二階堂だって…親父さんやお袋さん、姉貴たちとも会えなくなんだぞ!」
 イヤだと首を振って、でも縋りつき泣きじゃくる子供。

 離して。
 離さないで。
 許して。
 許さないで。
 もう行かせて。
 ずっと捕まえていて。

 相反する、全部本当の気持ち。自分が宏之を不幸にするんだと、泣き喚きながら理解する。こんなに優しい人を自分と同じ孤独に巻き込むくらいなら、バケモノと罵られたっていい。どんなに自分を傷つけても構わないから。どうか宏之は不幸になんかならないで。
「コウ…」
 あくまで柔らかい声が、名前を呼んで抱きしめてくれる。なにもかも包んでくれる。


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