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[Novel:06] -P:01-


 ふわふわする感覚に包まれて目を閉じているのが、とてつもなく幸せだった。
 いつも以上にだるくて動かない身体を疑問に思うより、温かいお湯に浸かっているような今の陶酔感を離したくなくて、晃(コウ)は目を開けようとしない。

 ほっとした、というのが一番正直な気持ち。
 長いこと、それこそ自分で言ったように気が遠くなるくらいの時間、様々な街を一人で転々としてきた。でも本当は、孤独の中にいるときには、顔を上げることすら怖がる、淋しがり屋の晃だから。
 ほんの少しでも誰かといられるという保証が、こんなにも気持ちを落ち着かせてくれる。

 全部、話したのに。
 それでも宏之(ヒロユキ)は一緒に行ってくれると、言った。
 自分自身も、晃のことも、大切な人たちも、抱えている夢も、何も犠牲になんかしない。でも最優先なのは晃で、それよりも優先したのは宏之自身の気持ちなのだと言って。
 最後はお伽噺のように「めでたしめでたし」とはならないけど。確実に訪れる別れは、少し伸びただけなのかもしれないけど……それでもいい。
 彼は、一緒に行きたいと言ってくれたのだから。

「ん……ゃ」
 くすぐったい感覚に、ほんの少し覚醒を促されて。でも、晃は嫌がるように髪を揺らせる。
 抱きしめられて、一緒に来て欲しいというワガママを受け入れてもらって。誓うように唇を重ねたら、抑えなんか効かなかった。
 何度か宏之を受け入れた晃の身体は、本当にもう、心と同じくらいにとろとろだ。
 許されるなら、永遠に目を覚ましたくなんかない。
 ――ヤだ…起こすなよ…
 身を捩り、触れている何かに訴える。
 どうか起こさないで。このまま眠らせて。こんなにも幸せで、爪の先、髪一本まで安堵の中にいるのだから。
「コウ……」
 囁くのが宏之じゃなかったら、晃は目を覚まさなかっただろう。声の色が宏之のものだとわかっていてなお、嫌そうに瞼を上げる。
「ん…ヒロ、ユキ?」
「ごめん、起こしたか?」
「う、ん…なに?」
 擦り寄るように身体を傾けたのに、いつもいるはずの右側にはヒロユキの体温がなかった。
 どうしたんだろうと身体を起こそうとして、まだ覚醒しきれない晃は、身体に走った痛みに眉を寄せる。
「…ぃった」
「辛い?」
「ううん、つらくはない、けど…なんか、いたい」
「ちょっと、ヤリすぎた?」
「それは、いいんだけど……」
 痛い?なんで?
 どんな傷でも、たちまちに治ってしまう自分が、どうして未だに、痛いなんて。
 確かに感覚はそのままだから、痛みを感じること事態はおかしくないけど。
 ――あれ?なんで?
 疑問は急速に現実味を帯びて、晃は今度こそはっきり目を覚ました。隣にいたはずの宏之を探して視線を巡らせれば、彼がいたのは晃の足元。
「……なにやってんの、オマエ」
「ん?いや、コウをよく知ろうと思って」
 にやりと、少し意地悪な表情を浮かべている宏之は、手にしていた晃の足をくいっと持ち上げた。
「あ、って!」
 反動で身体を起こしかけていた晃が、ころりと背中をつく。
「いつだったか…覚えてるか?」
「??…ああ、アレか。覚えてるよ…て、ちょっと。マジで?」
 待って待って。宏之の言う「覚えてるか?」の正体は、付き合いだした頃に晃が一晩中、宏之の身体を探った夜の話だろう。でもあれは、晃にとって宏之が運命の相手なのかどうかを確認する作業だったわけで……そりゃ、途中何度も中断したし、ただの愛撫に成り下がっていたことも認めるが。
「いいだろ?」
「や、あのさ…」
「イヤか?」
「…イヤじゃ、ないけど」
 宏之にされて嫌なことなど、何ひとつないけど。
 気を良くした宏之は、手にしていた足の指先からつうっと舐め上げて、アキレス腱の辺りに吸い付いた。


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