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[Novel:06] -P:05-


 それしか知らないとでも言うように、思いのたけを込めて呼ばれる名前が、誰のものより愛しかった。
「あっ…んっ…ああっ…ヒロ…ユキぃ」
 だから、晃も。どうにか伝わって欲しいと、優しく手を握っていてくれる人の名前を呼ぶ。
 全てを、あなたに捧げるから。
 どうか一緒にいて下さいと。
「っ…あ、やだ…も…」
「ん…いいよ、イッて」
「やだ…」
「コウ?」
「や…まだ、ひろゆき…」
 泣いて、頭を振って、どうかこのままと願う晃に、宏之は苦笑を漏らし髪を撫でた。
「泣くなって」
「っ!…だって…!」
「いいよ、もういいから」
 いつだって、そばにいるよ。
 今夜が終わりじゃないと囁き、宏之は律動を早めた。
「あああっ!や、…ック!あっ…ん」
「…っ…コ、ウ…」
 晃が耐え切れすに解き放ったのと、宏之が晃の奥で吐き出したのは、ほとんど同じ。しっかり抱きあいながら、激しく息をついていた二人は、余裕のない互いの顔を見つめて、くすくす笑いあった。



 カーテンの隙間から覗く空は、少しずつ明るくなっていくのに。一度眠りに落ちた晃は、やんわりと揺すり起こされ、まだ解放されず、宏之の腕の中にいる。
 二人ともいい加減、疲れ果てているのだが。例の身体中を調べられるという行為が、終わらないのだ。
「あのさ…」
「ん?」
「オマエ、意外としつこいよな」
 それは、嫌なわけじゃないけど。
「もう終わるって…コウ、右腕上げて」
「オレこんな、しつこくしたっけ?」
「いいから」
 仕方なく言われたとおりに腕を上げ、コウは欠伸を噛み殺す。
 そりゃ確かに、明日…いやもう今日か。これからのことを考えれば、こんなのんびりと身体を探りあう時間は持てないだろうけど。それにしたって。

 全身にキスを受けながら、晃は持ち上げている自分の腕を眺めていた。
 ――そんな、面白いか?
 こんな細っこい身体が?
 色の白い肌には、宏之が押し付けたキスマークが色んなところに散らされていて、まるでなにかの病気みたいだ。
 
 ――でも、キスマークってこんなになるんだ……知らなかった。って、あれ?

 そうだ。晃は、知らなかった。
 キスマークが、こんな風に身体に残ること。だってそれは、吸い付かれたり歯を立てられたりすることで出来る、内出血の痕なのだから。
 モノがキズなら、晃に残るはずがない。
「…ヒロユキ、ちょっと待って」
 そんなはずは、ないのだけど。
 聞こえていなかったのか、晃の脇辺りから肩へ、そして首筋にキスの雨を降らせていた宏之は、襟足の髪をかき上げて、唇を押し付けると少し息を吐いた。
「なんだよ」
「…いや」
「言えよ。気になるだろ」
「ん…とうとう消えたんだな〜と、思って」
 いたく、残念そうに。
 驚愕に目を見開いた晃の顔は、背中を抱いている宏之からは見えない。
 名残惜しそうに、何度か唇を触れさせ、宏之はもう一度溜息をついた。
「ここにさ、ヒマワリが咲いてたんだよ」
「ヒマ…ワリ…?」
「そ。晃は知らないかもしれないけど、ここに痣があったんだ。ヒマワリみたいな形の」
「…………」
 知らなかったも何も、それが全ての元凶なのだが。そして、それは……向日葵なんかじゃない。
 呪われた、太陽の刻印。
「コウ、肌白くてホクロなんか
全然ないだろ?だから、余計に目立ってて」
 そんなわけはない、と頭の中で激しく警鐘が鳴っている。期待するな、そんなはずはない。そんなはずがないことなど、晃は何度だって確かめたはずだ。
「だんだん薄くなってるな、とは思ってたんだけど。どうも完全に消えたみたいだな」
「…は?」


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