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[Novel:06] -P:06-


「昨日まではまだ、薄っすら見えてたけど」
 晃は振り返ると、勢いよく宏之を押し倒した。無理な動きに、身体が悲鳴を上げる。
「こ、コウ?」
「ってえ…」
「無茶するな」
 違う。痛い、ということこそおかしい。
 確かに執拗なほど宏之は晃の身体に触れていたが、そういう「行為」を終えたのはもう一時間以上前だ。
 痛みをこらえて、晃は宏之の身体を見下ろした。やっぱり、そんなはずはなくて。
「そんなはずないだろ」
「なにが」
「オレ、オマエに会ってから他の誰ともセックスしてねーし!」
「当たり前だろ!なに言ってんだ!」
「だって!オマエに太陽の刻印なんかないじゃん!時間だって!」

 忘れもしない。
 約束された条件。
 同じ刻印を持つ者と、千の夜。

 晃は、宏之の身体の全てを探した。
 それに、出会った日を覚えている。
 初めてコンビニで会った日から数えたら、1,000日はとうに越えているはずだ。
 宏之は見たこともないほど動転している晃を見上げ、何がそんなに驚くことなのかと首を傾げた。
「刻印、って…ヒマワリの痣のことか?」
「そうだよ!つかそれ、太陽!」
「どっちでもいいけど…あるよ、痣」
「………。はあッ?!」
「いや、痣だろ?ヒマワリの。もう見えないけど、あったよ俺にも」
「な!どこに?!なんで!」
「なんでって…ここに。この下」
 宏之がとんとん、と指さしたのは、大きな傷。



 幼い頃、宏之は交通事故に遭った。
 両親と姉たちとで乗っていた車。駐車場で最後の宏之が降りようとしたとき、居眠り運転のトラックがぶつかってきたのだ。
 母が悲鳴をあげ、気を失うほどの惨状だった。
 父が宏之を救うために、炎の上がる車のドアをこじ開けてくれた。
 その時、父の両手を焼いた熱は酷い火傷となって、今も残っている。
 血だらけで担ぎ出された宏之は、誰もが絶望するほどの状態だったのに。最後まで諦めないでいてくれた医師たちと看護士たち、それに、誰もが信じられないと声を上げたほどの奇跡に救われ、一命を取り留めた。

 ただ、太腿に大きな傷を残して。



 晃は、震える手で傷に触れた。幼い頃の話を聞いて、泣いたことを思い出す。
 死なない身とは言え、それよりもずっと酷い仕打ちを受けたことがあるのに。話を聞かされたとき、胸がつまって、涙が零れた。
 思い出話にまで切なくなる自分は、それくらい宏之が好きなのだと、思っていたけど。
 ……もしかしたら。
「ヒロユキ…」
「なに」
 顔を上げる。驚く宏之の顔を見るまでもなく、自分が顔色を失っていることに気付いていた。

 ……晃は、自分の受けている呪いについて、詳しいことを覚えているわけじゃない。
 運命の人とかいうくらいだから、会ったらわかるんじゃないかとか、そばにいれば気づくんじゃないかとか、結局は全部想像だ。
 でも、宏之の傷を見たときのあの、衝動。涙が溢れて止まらなかった気持ち。幼い少年が受けた不幸を聞かされたときの、不思議な喪失感の正体は……?

 すうっと息を吸い込んだ。落ち着け、と自分に言い聞かせる。視界を巡らせ、ベッドサイドのペン立てにカッターナイフを見つけた晃は、胸の上で祈るように手を握り締めた。
「ヒロユキ…そこの、カッター取って」
「なにする気だよ?」
「いいから取って」
 宏之は渋々ペン立てのカッターナイフを取り、晃に渡す。
 心配そうな宏之の視線の
元、指先にそれを押し付けた晃は、怖くて1ミリも動かせなかった。


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