[Novel:06] -P:08-
日曜日の、朝である。
晃は上機嫌で携帯を握っていた。
「え?…あははは!そりゃそうだろ!アンタが書いたホンなんだから!…いいじゃんそれ!やろうぜ!っ…ゴホゴホゴホ…」
盛り上がりすぎて咳き込む晃の背中をさすってやりながら、宏之は溜息をつく。焼きもちを焼いて二階堂(ニカイドウ)を嫌っていた頃が懐かしい。
もう十分以上も咳き込みながら話している電話は二階堂からのもので、話題はたった今終わった、宏之が出ている番組のことだ。
撮影をすっぽかして帰って来てしまったのは、もうニケ月も前。いくらなんでも、自分の役は他の役者に変更されるのだろうと思っていたのだが、飛び出した宏之のフォローは二階堂がしてくれていた。自分がTVに映るのを極端に嫌がる二階堂なのに、ゲスト出演を承諾することで局側に許してもらったのだという。
ますます頭が上がらない今日この頃だ。
「マジで?…ケホッ…ん、へーきへーき。慣れてきた。いいのいいの。いつ?…ん、うん。わかった。ゆっとく…ゴホゴホゴホ…」
「ほら、もういいだろ。ちゃんと寝なさい」
携帯を取り上げ、かけなおしますと伝えて切ってしまう。嬉しそうな晃をベッドに押し込み、宏之はわざとらしく溜息をついてやった。
「なんだよ〜。放送始まったんだから、もうちょっと嬉しそうな顔すれば?」
「そんなことはどうでもいいから!熱下がるまで絶対ベッドから出るなよ!」
「はあい」
にやにや笑いながら、それでも晃はおとなしく横になる。
大げさな衣装にメイクを施された宏之が映るたび、晃はベッドから抜け出し転げまわって笑っていた。容態を気にする宏之のことなどお構いなしに、放送終了と同時にかかってきた電話で、今度は二階堂と、演技が派手だのヒロインが可愛くないだのと言いたい放題だ。
開放されてからの晃は、しょっちゅう体調を崩している。細かい傷を作るのも、日常茶飯事だ。本人曰く、慣れてないのだとか。
薄着で寒い日にウロウロすれば風邪を引くとか、注意せずに刃物を扱えば怪我をするだとか、そういう基本的なことが子供なみにわかっていない。
毎度毎度、宏之をハラハラさせるのに、本人はいたって楽しそう。「熱って上がったらアタマがぼ〜っとすんだな〜!」とか、「かさぶたって剥がすと血が出るんだな〜!」とか、毎日の発見にはしゃいでいる。晃自身が楽しそうでも、見ている宏之の方は気が気じゃない。
長い時間、怪我や病気とは無縁だった晃の事情を、事態が収まってから改めて実感している気分だ。
「なあなあ、オッサンが劇団のみんなと、酒飲みながら初回放送の鑑賞会しようって」
「はあッ?!」
「水曜って、夕方には終わるんだろ?撮影。場所はオッサンが確保しといてくれるって言うしさ。まどかも来るから、オレも行っていいんだって。な?行くよな」
「また…バカなこと…」
この街に留まることを決めてから、どういうわけか晃は今まで以上に二階堂とつるんで遊んでいる。主に宏之で遊んでいるのだが、それでいうと参加者は他に、二階堂の娘のまどかや宏之自身の姉たちも含まれていた。
今まで、どうしても別れてしまうのがわかっていたから、気が引けていた他人との関わりを、晃は急速に取り戻しているのだろう。それが、実のところ晃よりも焼きもち焼きな宏之を、苛立たせるとも知らずに。
「言っとくけど、熱が下がらなかったら行かせないからな」
「下がるって。大丈夫大丈夫」
「何が大丈夫なんだか…。今日は撮影休みだから俺がいるけど、明日は姉さんが来てくれるから」
「うん」
「水曜、行きたいんだったらおとなしくしてなさい」
「うん、わかった」
やけに素直な晃は、幸せそうに布団の中から宏之を見上げている。もしや熱が下がったのかと額に手を当ててみるが、やはりまだ熱かった。するりと喉もとに手を滑らせれば、扁桃腺が腫れているのもわかる。
「…コウ?」
「なんか、なんかさ」
熱を測ってくれる宏之の手を掴み、晃は目を閉じた。
「こうやって、さ。身体が辛いときに、自分の一番好きな人が心配してくれるのって、すげー傲慢だっ てわかってんだけど、すげー気持ちいいよな」
うっとり目を閉じる晃の髪を梳いてやって、宏之は苦笑いを浮かべる。
自分よりずっと年上のはずなのに。想像も付かないほど辛い思いをして生きてきたはずなのに。
こうしているとまるで、晃は幼い子供のようだ。毎日が楽しくてしかたない、夏休みの子供。
すうっと眠りに落ちていく。
目覚めたとき、宏之がそこにいることを信じていられる、幸せそうな顔で。
【了】