>>NEXT

[Novel:12] -P:02-


 もう最近ではそんな簡単に、熱出したりすることもなくなったんだけどね。
 ああ、そうだ。骨折ったときはびっくりしたな〜。スゲー痛いの。ただでさえ痛いのに、部屋の鍵忘れてベランダによじ登ったあげく落ちた、ってゆーマヌケな経緯がバレたら、お父さんにすごい怒られて、宏之にはそれ以上に怒られてさ。しかも病院に来てくれた美沙ちゃんからは、看護士さんが止めるぐらい殴られた……。やっぱ、美沙ちゃん怖い。

「手が止まってるわよ〜」
 言われたオレは、慌てて生クリームに意識を戻す。
 もう、腕とか上げるのも面倒になるくらい、ダルいんだけど。ケーキ屋さんって偉大だったんだなあって、しみじみ思うよ。
 オレの抱えてるでっかいボウルは、確実に家庭用じゃない。結婚するまで調理師の専門学校ににいた美沙ちゃん。本日は、クリスマスケーキを製作中だ。
 ああ、そうだった。思い出した。
「なあ、話の続きは?」
 手を動かしたまま聞くオレに、オーブンの様子を見てた美沙ちゃんは顔を上げる。
「続きも何も〜おしまいよ〜?」
「おしまいってさあ…肝心なとこ抜けてるよ」
「え〜?」
「だから、ヒロユキはお義兄さんに何頼んだんだよ?」
 朝イチの電話で「ケーキ食べるでしょ〜?」と呼び出されたオレは、世間話ついでに出てきた宏之の話題の中で、驚くようなことを聞かされていた。
 なんでも、アイツお義兄さんにオレへのプレゼントを調達してくれって頼みに行ったんだって!なにそれ!寝耳に水なんですけど!!
「だって聞いてないもの〜。主人とは外で会ったみたいだし〜」
 そのくらいでいいわ、と止められて。抱えてたボウルを美沙ちゃんに渡す。
「そんな半端な情報流さないでよ…。え〜マジ?アイツ、なんか用意してんの?」
 手伝うことのなくなったオレは、ダイニングの椅子に座って美沙ちゃんの作業を眺めることにした。取り出したスポンジが冷めるまでの間も、美沙ちゃんは忙しそうだ。…動きがおっとりしてるから、あんまり忙しそうには見えないけど。
「晃くんは何買ったの〜?」
「いや、だから…買ってないよ。オレ」
 そう。オレが驚くワケはここ。
 宏之とオレは、初めて会ってからだいぶ経つけど、そういうプレゼント贈りあったりっていうのを、したことがない。
 勿論、最初はオレの事情。宏之とも離れなきゃいけないと思ってたから、あんまり物を持ちたくなかった。貰ったモノ捨てるのイヤだし、あげたモノ勝手に処分して消息絶つのもイヤじゃん。だから最初の頃に、モノもらうのイヤだ!って全力で拒否したら、宏之はそれ以来、何も買わなくなった。ほっとしてたんだけどね。もういいと思ったのかな。
 まあ今はそんなの、気にしなくてもいいんだけど。でも長年身についた習性はなかなか消えなくて、今年の宏之の誕生日も、コンビニで初めて会った日も、オレを縛ってた痣が消えた日さえ、とくに何もしなかった。ちょっと豪華にメシ食って、ちょっと過剰にベッドでサービスしたくらい?
「うわ〜…どうしよう。オレもなんか買わないと」
「買ってないならいいんじゃな〜い?あの子昔から、物欲ないし〜」
「でもさあ…」
 せっかく宏之が何か用意していてくれるのに、オレの方からは何もしないなんて。知らなかったならまだいいけど、聞いちゃったしさ。こう、フェアじゃないじゃん。立場的にはオレの方が「カノジョ」なのかもしれないけど、やっぱ男同士なら対等であるべきだと思うんだよ。
「じゃあ今から買いに行ったら〜?まだ時間あるんでしょ〜?」
 オレはちらりと時計を見上げた。そりゃ、まだ昼にもなってないんだから。大丈夫だけど……今日だよ、クリスマスイヴ。宏之は仕事行ってる。帰ってくるのは夜の九時を回るって言ってた。
「つーか…」
「どうしたの〜」
「…何買っていいかが、わかんない…」
 オレってマジ情けない。

 さっきから結構考えてるんだけど、何にも浮かばないんだよ。こういうのって、適当に買えばいいってもんじゃないじゃん?やっぱせっかくだから、宏之が喜ぶものを贈りたいし。だったら宏之が欲しいものだろ?
 それが浮かばないんだ……
 欲しいものと、必要なものって違うよな?宏之が「買わないと」って言ってたものなら、いくつか思い出せるけど。それは生活用品であって、間違ってもクリスマスプレゼントと呼べるようなものじゃない。
 一般的に、なんだろ。恋人に贈るクリスマスプレゼントって。アクセとか、服?男だったら時計とか?
 バイトしてるから、ある程度の金ならあるんだけど、服装に無頓着な宏之が、そんなものに喜ぶとは考えにくい。こうして考えてみると、驚くぐらい何も浮かばないんだ。
 宏之の好きなものって、食べ物ならわかるよ。でも違うよな、きっと。クリスマスプレゼントってそういうんじゃない。しかもさあ、初めてのプレゼントってコトになんだろ?いくら宏之が好きだからって、山のようなコロッケ買うわけにもいかないじゃん。
 うんうん唸って考えるオレのそばでずーっと作業していた美沙ちゃんが「で〜きた〜」と嬉しそうな声を上げた。


>> NEXT

<< TOP