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[Novel:12] -P:03-


 目をやると、にっこり笑った美沙ちゃんの前にケーキが。しかも、いくら小さいとはいえ四つも!
 早っっ!
 仕事早っっ!!
 あんなとろとろ動いてんのに、なんでこんな早いんだ?!相変わらずの神業に、オレは溜息をつく。
「すっげ。美味しそう」
 二人か三人で食べきれる大きさのケーキは、真っ赤な苺がつやつやで、オレが苦労して泡立てた生クリームがキレイに周囲を縁取ってる。そこに細いチョコレートが無数の線を描いていた。コントラストがきれいだ。
「ありがと〜。じゃあ配達お願いね〜」
「任せて。つーか…マジでこれ、オッサンにもあげんの?もったいねー。あいつ食わねえのに」
 相変わらず二階堂がオレをチビちゃんなんて呼んでるから、オレもまだ二階堂をオッサンって呼んでる。
 美沙ちゃんのケーキが届けられる先は決まってた。実家宛てのは麻由ちゃんが取りに来るらしい。あとオレたちのと、宏之が在籍してる劇団AZ(アズ)に二つ。
 一つは明日ユニット公演の初日を控えてる、看板女優。椿京子(ツバキキョウコ)ねーさんに差し入れ。AZの飲み会には美沙ちゃんもしょっちゅう来てて、最強同士、気が合ったのか仲良しだ。もう一つは脚本家の二階堂に渡すよう、頼まれていた。もったいない。二階堂って甘いもの嫌いなのに。
「二階堂さんじゃなくて〜コレはまどかちゃんの〜」
 ああ、二階堂が溺愛する娘のまどかなら、確かに食うよな。
 パパバカの二階堂が言う様に、まどかが天使のごとく可愛いのはオレも認めてる。でもまどかとは、初めて会ったときから宏之をめぐってのライバル同士だ。いや、まだ小学生にも上がってない女の子なんだけどね。
「まどかちゃんのお母さんね〜、今日出張らしくて〜。二階堂さんが預かるんですって〜」
「それはまた…やに下がってんだろうなあオッサン」
 離婚してる二階堂は、基本的に月一度しか娘に会うことが出来ない。しかもその月に一度も、当の娘の希望で宏之やオレが同席してるんだから。おとーさんとしては、淋しい限りだろう。
 クリスマスに娘がお泊りなんて、どんなけテンションが上がってることか。もしかしたら、このケーキも食うんじゃないか?浮かれて。
「あれ?美沙ちゃん、なんでそんなこと知ってんの」
「主人の勤めてるデパートでね〜今年からサンタ宅配サービスっていうの、やってるの〜」
「……なにそれ」
 美沙ちゃんの旦那さんが、有名なデパートに勤めてるのは知ってるけど。
「なんだかね〜サンタさんの格好で〜クリスマスとかイブにプレゼント届けるんですって〜。申込みの期間は終わってたんだけど〜、なんとかならない〜?って二階堂さんが〜」
 娘の為なら何でもする男だなあ、相変わらず。
「そりゃ、お義兄さん喜んだだろ」
「もう大騒ぎよ〜」
 美沙ちゃんはくすくす笑ってる。オレにも子供みたいに喜んでるお義兄さんが、目に見えるようだ。
 美沙ちゃんの旦那さんは、本人フツーのサラリーマンだけど実はAZの大ファン。美沙ちゃんと出会ったのも、宏之の出てた舞台を見に行った時だって聞いてる。
 結婚してる彼女が、頻繁にAZの飲み会へ来られるのも、お義兄さんの多大な理解があるからだ。本人は「緊張して喋れないから」って言って、来ないんだけどね。
「じゃあこれ〜。間違えないでよ〜?」
「わかってるって」
 箱に入ったケーキを受け取り、渡された大きな紙袋に入れながら、ちらりと時計を見上げた。これから一度家帰って、椿ねーさんのトコ行って、二階堂んトコ行って、か。まあ、何を買うかさえ決めれば、間に合わない時間じゃない。
「…なあ、美沙ちゃん」
 玄関まで送ってくれた彼女を振り返る。
「たとえば、美沙ちゃんだったらさ。いま、一番何が欲しい?」
 美沙ちゃんはちょっと笑って。う〜ん、と悩むそぶりを見せると、ぽん、と手を叩いた。
「サラマンダーかな」
「………。なに、それ」
 サラマンダーって、妖精?火を司るとかいうヤツ?それとも両生類の方?てか、美沙ちゃんどうした?
「調理器具よ〜。焼き物するのに便利なの〜」
 これっくらいでね〜電気のやつで〜十万くらいの〜と、説明してくれるけど。そういうことじゃなくって!
「もうちょっと、クリスマスらしいやつないの…」
「じゃあ、家族でディズニーシー?」
「ケーキありがと。配達に行ってきます」
 バカ丁寧に頭を下げる。聞くから答えたんでしょ〜!と、ご立腹の美沙ちゃんから鉄拳振るわれないうちに、オレは美沙ちゃんの家をあとにした。
 だってディズニーシーって。今日だって言ってんのに!行けるわけないじゃん。どうせイブなんか大混雑だろうし、宏之帰ってくるの九時過ぎだし。……あ、年間パスか?!あれって今日買おうと思ったら今日買えるもんなの?しまったちゃんと聞けば良かった。


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