[Novel:12] -P:04-
う〜ん、いい考えだと思ったんだけどな〜。 オレはてくてく歩きながら、まだ唸ってる。
宏之とオレの為に作ってもらったケーキを家に置きに帰ったとき、卑怯だと思いながらも家捜ししてみた。だって、宏之がオレに何をくれるつもりかわかったら、オレがどんなもの買えばいいのか大体の目処がつくじゃん?値段とかさ。
ところが思いつくところを全部見たのに、それらしいものは見つからなかった。どうやらまだ、宏之はオレにくれるつもりのそれを、受け取ってはいないらしい。もしくは、持ったまま仕事に出ているのか。まさか例のサンタが持ってくるわけじゃないよな?
探している途中に携帯が鳴って、出てみたら椿のねーさんで。昼飯を奢ってやるから、一刻も早くAZの稽古場へ来いと言われた。な〜んか、嫌な予感がする。
AZの稽古場まで、マンションからは三十分くらいだ。どうせこれから行く予定だったので、ハイハイと返事をしたけど。
椿京子は、本人曰く「傲慢なまでの美貌」と、ストーリーに必要ならなんだって出来ると豪語するだけの根性を以って、AZの立ち上げからず〜っと看板役者という肩書きを背負っている。最近はTVでもよく見るんだよ。こないだなんか、オネエサマと呼びたいタレントランキングにも入ってた。その雑誌、ねーさんに引き裂かれてゴミ箱行きになってたけど。……わかるだろ?美沙ちゃんと仲良しなんだよ。
ねーさんはAZで唯一、二階堂に正面切って文句を言える人物だ。まあ、二人の言い争いはまるで子供なんだけどね。酔っ払って、言った言わないで掴み合ったり、最後の焼き鳥を食べた食べないとか。しかも周りに止められると、二人して不満そうな顔してんの。ケンカし足りない子供みてえ。
通い慣れたAZの稽古場。事務所と会議室、小道具や大道具作る部屋とか、衣装作る部屋に、あとは倉庫。もう、マジでRPGのダンジョンみたいだ。地下には通し稽古も出来る広いスペースまである。
こんな規模の稽古場を持ってる劇団、そうはないらしいよ。本人と話してる分には到底想像つかないんだけど、二階堂はビジネスにも長けてて、一度も赤字の公演を打ったことがないんだって。信じられなくて二階堂に確認したら、そんなことはないよ、って笑ってた。ホントのところはどうなんだろうな?
事務所に顔を出すと、知ってる顔が微妙な笑いを浮かべて「会議室行って」って教えてくれた。ロビーにも人が見当たらないし、事務所にもその人だけ。
ああ、嫌な予感がすんだって。
「京子ね〜さ〜〜ん。ケーキお届け〜」
二階に上がって会議室を開けると、そこはもう、森だった。森?それとも、迷路?高く積み上げられてるのは、よく見るとパンフレットとかフライヤー。ちなみにフライヤーっていうのは、小さい劇場とかライブハウスで見かける、ちらしのこと。芝居見に行くと、ビニールの袋なんかに違う劇団の公演情報とか、無料のパンフとか、アンケート入ってるやつ渡されるだろ?あれだよ。もちろん、そのビニール袋も置いてあって。間違いなく、ここではこれから、袋詰め作業が始まるんだ……
うわあ…予感的中…
「あ!晃じゃん。椿!晃来たぜ!」
顔を見せたスタッフに呼ばれ、一番奥から椿京子サマが姿を現した。性格鬼だけど、いつ見てもきれいだ。ノーメイクなのに花背負ってるように見える。
「待ってたのよ!こっち来て!」
「ちょっと!それよりケーキケーキ!美沙ちゃんから預かってきたんだって。先にコレ受け取ってよ」
「ああ、そうだった。誰か〜!晃からケーキ受け取って!冷蔵庫入れといて!!」
近寄ってきた若いスタッフに持って来た紙袋を渡し、山を崩さないように京子ねーさんの元へ近づいていく。
「助かった!ここ入って」
「…なにすんの」
一番奥には、そこだけ会議用の長机が二台組んであって、端から順番に違う種類のパンフやらフライヤーやらアンケートやらが、ずら〜っと並んでる。
京子ねーさんの隣には、苦笑いの松井元春(マツイモトハル)さんが立ってた。明日のユニット公演に出演予定で、しかも実はAZでも何人かしか知らないけど、京子ねーさんの彼氏。うんまあ、見た目じゃ絶対に予想できないよな。
顔も身体もほてっと丸くって、いつもニコニコしてる松井さん。背も低いし、実年齢よりかなり上に見えるのは、後退した髪のせい。舞台でもちょっと笑えるオヤジの役が多い。
「これ、向こうから順番に流れてくるから、自分の前のフライヤー足して隣に流して」
「え〜〜〜〜…」
「えーじゃないっっ!明日なんだから!ホントだったら宏之がやるとこなのよ!恋人だったら代わりに手伝いな!」
問答無用で命じられる。今日ってなに?厄日?女難の相とか出てない?オレ。
仕方なく言われたところに入ると、隣で同じことをするらしい松井さんが「ごめんね」と申し訳なさそうにしてる。ああ、ダメだ。キタよこの癒し大王め。松井さんがいつものニコニコ顔をくしゃっと歪めて「ごめんね」とか「頼んでいい?」とか言うと、オレはどうしても拒めない。本当に優しい人だって知ってるからかな。
「じゃあ始めて!間違ったら殺すよ!!」
椿サマ号令の元、いつまで続くか予想も出来ない作業が始まった。