[Novel:12] -P:05-
なんだろうなあ。役者ってのは、どっか人と違ってないと出来ないのか?二階堂が初めてオレを稽古場に連れてきてくれたとき「彼は晃くん。宏之君のカワイイヒト」って紹介しても、興味津々で宏之とのことを聞かれただけ。その場にいた誰も、嫌そうな顔一つしなかった。慌ててたのは宏之ひとり。
物凄くナチュラルに、彼らはオレを受け入れてくれてる。だからやっぱり居心地がいい。
「ねえ、松井さん。いま一番欲しいものってなに?」
作業を続けながら、オレは隣の松井さんに聞いてみた。ホントは京子ねーさんに何買うの?って聞きたいところなんだけど。松井さんとねーさんが付き合ってること知らないスタッフもいるから、こんなところで聞いたらきっとねーさんに殴られる。
「どうしたんだい?突然だね」
「うん、ごめん。今日会う人の中で、たぶん松井さんが一番常識人だと思って」
じろりと京子ねーさんに睨まれる。さっと視線をそらした。
「そうだなあ…一番欲しいものねえ…」
「美沙ちゃんに聞いたら、サラマンダーとか言うんだもん」
「さらまんだあ?」
「なんか料理の機械みたい。焼き物作るやつだって言ってた。十万ぐらいするらしいよ」
「へえ〜。そんなものがあるんだねえ」
作業開始から、一時間ぐらい。紙の山は一向になくならない。ちょっとオレ、今日まだ二階堂のトコ行くんだけど。昼飯奢るって話も怪しいなあ。
「僕は、明日お客さんが入ってくれたらそれだけでいいなあ」
松井さんらしい、控えめな台詞。明日のユニット公演は、二階堂の脚本でもないしAZからは京子ねーさんと松井さんしか出ない。不安だとか?
「初日の夜公演、ヒロユキと見に行くね」
「ほんと?ありがたいよ。嬉しいな」
「チケットは買いなさいよ?」
京子ねーさんが笑ってる。オレはむくれた顔になった。
「買いなさいよって、もう売りつけたじゃん」
「え?いつよ」
「こないだの飲み会でさあ、酔っ払って十枚も買えとか言ったの、ねーさんだろ〜?」
「忘れたわよ、そんな昔の話」
「ったく。先週だっての!松井さ〜ん、椿サマが苛める〜」
「ははは、ごめんねえ」
ほら。コレだよ。
ほんと言うとオレ、京子ねーさんが松井さんと付き合ってるって知っても、そんなに驚かなかった。そりゃ見た目は美女と野獣っていうか、美女と珍獣なんだけど。松井さんを知ってる人なら、きっと同じなんじゃないかな。
気が強い京子ねーさんは、その分いっぱい努力してる。文句を言うだけの演技をするし、アクションの多い二階堂の舞台を勤め上げる、女性には辛いはずのスタミナを保つことにも余念がない。ジム通って鍛えた身体は、グラマラスなだけじゃないんだ。元からある才能に、出来る限りの努力をするから、椿京子は最強なわけで。
きっとさ、京子ねーさんが最強でいられるのは、松井さんがいるからなんだと思うんだ。オレには宏之がいてくれるみたいに。
「じゃあ、ねーさんは?」
「何が」
「一番欲しいもの!」
「金持ちでセックスが上手くて、私に惚れてるけど干渉しない、イケメンの男」
さらっと言ってのける。
「絶対に罰当たるよ、京子姉」
「古いこと言うじゃない?」
こんな優しい彼氏がいるのに、そんなこと言って!も〜。松井さんも笑ってる場合じゃないでしょうが。
京子ねーさんは手を止めないまま、他のメンバーに「あんた達は?」と聞いてくれるけど。
「欲しいものかあ〜…金?」
「休みかなあ。バイトやめてもっと楽になるかと思ってたのにさあ」
「そうだよな。海外旅行とかしてえなあ」
「それ、ヒマと金と両方じゃん」
なんて。どいつもこいつも役に立たない。溜息をつくオレに、口元を吊り上げた京子ねーさんは「アテが外れた?」と話しかける。
「ん〜…」
はぐらかしたけど。椿サマは容赦なかった。
「宏之でしょ」
「う……」
「クリスマスプレゼントでしょ?ハッキリ言いな」
「…そう。まだなんも買ってない」
正直に言うと、彼女は勝ち誇った顔でにんまり笑った。他のスタッフがちょっと驚いたようにオレを見てる。
「だってさあ…なに買えばいいんだか、わかんないんだよ」
いじけて言うと、オマエがあ?と意外そうな顔をされた。
「オマエそういうの気にしなさそうじゃん」
「つーか、独り身に聞くな!嫌がらせか!」
「宏之だろ〜?なんか言ってたか?」
「知らねーよ。アイツ物欲なさそうだし」
一応考えてくれるけど。誰も知らないみたいで、実りのある答えはなかった。
「え〜〜…結構アテにしてたんだけど」
がっかりするオレに、松井さんが笑いかけてくれる。
「晃くんが選んだんなら、なんだって宏之くんは喜ぶよ」
「それは、わかってんだけどさ…」