>>NEXT

[Novel:12] -P:06-


 正直言って、オレが買ったんなら宏之は飴玉ひとつでも喜んでくれる自信がある。逆がそうだから。今日渡してくれるの、何か知らないけど。それが何でもきっと、宏之がわざわざオレのことを思って買ってくれるなら嬉しい。
「なんでも喜んでくれるんじゃなくて、一番喜んでくれるものがいいなあ、とか思ってんだけど。ワガママかな」
「そんなことないよ」
 松井さんは否定してくれる。なのに。
「ワガママよ」
 椿サマは辛辣だ。
 京子ねーさんは作業の手を止めないまま、ズバズバ痛いトコ突いてくる。
「大体、今日何日よ?イヴ当日に言うセリフじゃないでしょうが。アンタ宏之が大阪の店でしか売ってない服を欲しがってたらどうすんの?通販でしか手に入らない限定モノだったら?」
「う……」
 正論だ。まったく正論だよ。
 で、でもさ!今日まで買う予定なかったんだから仕方ないじゃん。落ち込むオレの横で、珍しく厳しい顔をした松井さんが「京子」とねーさんを嗜めた。……びっくりだ。ねーさんが黙っちゃったよ。
「ごめんねえ」
 やっぱりあの、くしゃっとした表情で。眉を下げて謝られる。ああ、松井さん。だんだんオレ、アンタが七福神にいるような気がしてきた。
「いいよ、ほんとのコトだもん。あのさ、今日いきなり、ヒロユキがなんか買ってるらしいって聞いたんだ。今までオレたち、そういうのしたことないから、オレは何にも用意してなくて。まだ間に合うなら、何かしたいんだけど」
 松井さんに、全部話してみる。それでどうなるわけでもなかったけど、このままじゃもしかしたら、後で京子ねーさんとケンカになっちゃう気がして。オレのせいでケンカとか、絶対して欲しくないんだ。
 松井さんは、全部わかってるよ、といいたげに笑ってた。大丈夫大丈夫、って小さく囁いてくれる。

 フライヤーの量も、やっと半分ってくらいになったとき。休憩を挟もうってことになったら、姿を消してた松井さんが、オレの持ってきてた紙袋を取ってきて渡してくれた。
「え……?」
「京子の分は、冷蔵庫に置いて来たから。Kってシールが貼ってあった方だろう?」
 オレは頷きながらも、首を傾げて松井さんを見上げてしまう。だってまだ、終わってないのに。
「もういいよ、晃くん。ありがとう」
「でもまだ……」
「大丈夫、間に合うよ。いいだろ?京子」
「ま、いいわ。助かったし。ありがと」
「……すげえ。京子ねーさんが素直だ」
「そんなこと言ってると、夜まで帰らせないわよアンタ!」
 きっと睨まれたから、ささっと松井さんの後ろに隠れる。松井さんは身体を揺らせて笑ってた。
 まだまだ作業を続けるスタッフのみんなに声をかけるオレを、松井さんがドアのそばで待っててくれた。会議室の外で、ぽんぽん、と肩を叩かれる。
「晃くん、僕は京子に何も買ってないよ」
 え……?!驚いて振り返るオレに、松井さんは相変わらず笑ってる。穏やかで、優しい人。でもちゃんと京子ねーさんの手綱を握ってるってこと、今日知ったけど。
「それが聞きたかったんだろう?」
「う、うん。そうだけど」
「僕は京子に何も買わないんだ。京子は毎年、服とか時計とか、買ってくれるんだけどね」
 えええ。あの高飛車女王様が?!
「なんでそんなことに…」
「理由は二階堂が知ってるよ」
「オッサンが?」
「これから行くんだろう?聞いてみるといいよ。松井が話して構わないって言ってたって。そう言えば話してくれるから」
 じゃあね、と。手を振って松井さんは会議室に戻っていく。取り残されたオレは、しばらく呆然と立ち竦んでた。
 だってさ、あの京子ねーさんがそんな、必死に貢ぐような真似してるなんて。ちょっと信じられない。
 なになに?何があんの。
 踵を返し、足早に稽古場をあとにする。
 ケーキを気にしながらも急ぐオレは、昼飯食いっぱぐれたことに気付いていなかった。



 二階堂のマンションは、稽古場から歩いてほんの二十分。考え事しながら歩くのにちょうどいいんだって。まあ散歩はオッサンの趣味らしいからな〜。
 すげーんだぜアイツ。この辺の店とかはもちろん、ネコの昼寝スポットから、近所で飼われてる犬の名前まで、なんでも知ってんの。毎日歩いてるからって本人は言うけど、そんなさあ。普通、仕事場までの道なんて、淡々と歩くだけじゃね?まあ二十分の道に一時間もかかったり、時には行方不明になったりもする二階堂のコト、事務所のスタッフなんかは悩みのタネらしいんだけど。
 煉瓦タイルのマンションの前に立って、オートロックのインターフォンで二階堂を呼び出す。美沙ちゃんから連絡が来てたのか、応答した二階堂がすぐに開けてくれた。
 離婚してから二階堂が住み着いてるこのマンションは、元々シナリオ執筆の為に買ったものだ。そのせいか他の階は事務所や、
夜になると無人になる部屋が多くて。


>> NEXT

<< TOP