[Novel:12] -P:07-
夜ひとりで怖くねえ?って聞いたオレに、二階堂は静かでいいよ、なんて笑ってた。いっつも人に囲まれてる二階堂の言葉だとは思えなくて、驚いたからよく覚えてる。
部屋の前まで来てドアフォンを鳴らすと、中からドアを開けてくれたのは二階堂の娘のまどか。そして、オレの顔を見るなり開口一番。
「お兄ちゃんは?」
って。お兄ちゃんというのは、宏之のコト。いまだに宏之がまどかの王子様だ。
確かに二階堂のセリフじゃないけど、かわいいんだよ、こいつ。オレの腰までしかない身長のせいで、柔らかいつやつやの髪が良く見える。曲線で構成された顔も、日本人には珍しいくらい色が白くて、愛くるしい。
オレの後ろに宏之を探しているまどかを玄関の中へ入れ、紙袋を置いたオレは膝を折って、目線を合わせてやった。
「オマエは〜。オレの顔見りゃそればっかかよ!」
ふにふに柔らかい頬を両方、痛くないように引っ張った。面白かったのか、お姫様は楽しそうにきゃいきゃい笑ってる。
「何度も言うけど、ヒロユキはオレの!」
「ちがうもん!まどかがお兄ちゃんと、けっこんするの!」
「しねえよ!オレが邪魔するから、オマエはヒロユキと結婚出来ねえの!」
ここだけはハッキリさせておかなければ。たとえ子供相手でも!子供だと思ってたヤツがあっちゅう間に大人になるなんてこと、誰よりもオレが知ってる。
「なんで〜?!なんで晃くんはまどかにイジワルするの!」
「オマエがヒロユキを好きで、オレもヒロユキを好きだから!」
「まどか、晃くんもすきだもん」
「そりゃどうも。オレもオマエが好きだよ」
ぎゅ、と抱き締めるのはもう慣例行事。
「でもお兄ちゃんのほうがすき!」
「オレもヒロユキの方が好きなんだよ!」
不毛な言い争いは、初めてまどかと会った時から、ずっと繰り返されていた。
元から誰にでも優しい宏之だけど、子供相手だと五割増になる。オレ相手なら十割増なんだから、なんて宏之は宥めてくるけど。知るか。邪魔すんな。オレはまどかと遊んでんだ。
オマエが好きだ〜!でもヒロユキはオレんだ〜!と、お互い譲らずにじゃれあってるオレたちのところへ、二階堂が顔を出した。
「いつまで遊んでるの、君達は」
「ようオッサン、ケーキ届けに来たぜ〜」
にっと笑うオレに、二階堂はメガネの向こうにある瞳をすうっと細めて、あからさまなほど嫌な顔をする。ほんっとに嫌いなんだなあ、甘いもの。
「美沙さんから聞いてるよ。入らないの?」
「入る入る。よし!行くぞまどか!」
「よしっ!いくぞ〜!」
オレの真似をするから。おとーさんは悲しそうに眉を寄せた。
「悪影響だなあ…パパは心配だよまどか。こんな可愛くない子にならないでよ〜?」
「なんだよ。オレは可愛いぞ?なあ、まどか?」
「うん。晃くんはかわいいよ」
「よしよし。オマエもかわいいぞ〜」
迎えに来た二階堂にケーキの入った紙袋を渡し、まどかを抱き上げて部屋へ入っていく。それは僕の役目なのに〜って。オッサンうるさいよ。
何度か来た事のある部屋だけど、相変わらずの魔窟だ。倉庫と化してる洋室に、ベッドがあるだけの狭い部屋。それから異様に広いリビングダイニング。歪な2LDK。ここに住んでるってのが、いまだに信じられない。ヒトが住む環境じゃねえよコレ。
床が片付いてるのが不思議なくらいのリビングには、デカい本棚が両側にだーっと、壁も見えないほど建ってる。漫画から何語かわかんないような難しそうな本まで、押し込められてる本はまた増えたように思うけど。これ、何冊ぐらいあんの?しかも本棚の前には、絶妙なバランスで崩れる寸前の本が、まだまだ山のように積んであって。
奥の窓側には何人座るんだってくらい、大きなデスク。パソコンが置いてあるこの場所で、二階堂のシナリオは生まれてる。
「なあ……」
「なに?」
「まどか、ここに泊まんの?」
あんまりにも酷い話じゃないか?アンタは好きで住んでんだからいいけどさ、子供にコレはないよ。オレなんか、抱いてるまどか下ろすのも躊躇うのに。
キッチンでコーヒーを淹れてくれてる二階堂は、拗ねたような顔をしてる。
「言われなくても、承知してるよ。僕の天使をこんなところに寝かせるワケないでしょ」
「良かったな〜まどか!服汚れなくて!」
「そこまで汚くないよ!…散らかってることは認めるけど…」
「片付けろよ。年末なんだし」
「ムリ!もうとっくに諦めた」
そりゃそうか。引越し業者でもひくよなコレ。
たまに劇団の人たちが使うから、唯一スタッフさんたちの手で片付けられてるダイニングにまどかを下ろし、椅子を引いてやる。隣はパパに譲ってやることにして、オレは向かいに座った。二階堂が渡してくれたコーヒーは、わざわざサイフォンで淹れたものだ。こだわりがあるのか、いつもこうやって淹れてくれる。
「今日、どこ泊まんの?」
「友人の家にね。チビちゃんも会ってるんじゃない?旭希(アサキ)なんだけど」
「ああ、図書館の司書にしとくのがもったいないくらい男前な…アンタのトモダチとは思えないくらい、ちゃんとした人」