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[Novel:12] -P:08-


「一言多いよ君は。美沙さんのケーキだって、まどか一人じゃさすがに食べきれないでしょ。旭希は甘党だからね」
「ふうん……」
 まどかにジュース渡して、二階堂も座る。オレは前のめりになって、そんなことより、と話しかけた。
「どうしたの?」
「なあなあ、京子ねーさんが松井さんに貢いでる話、ホント?」
 ちょっと声を落として聞くと、二階堂は驚いた顔をした。
「どっから聞いたのそれ。AZでも知ってるの当人達と僕ぐらいなのに」
「松井さんに聞いた」
「元春が?!自分で言ったのか?」
「うん。事情はオッサンが知ってるから聞けって。自分が話していいって言ってたって言えば、教えてくれるからってさ」
「そりゃ…元春がいいなら話すけど。宏之君も知らない話なんだよ?」
「わかった、言わない」
 たとえ恋人でも。言わない方がいいなら、話さない。…宏之が教えてくれって言うまでは。
 二階堂は驚いた顔をしたまま、思わずってカンジでタバコに手を伸ばして、引っ込めた。前からそうだけど、かなりなヘビースモーカーのくせに、まどかの前では絶対に吸わないんだ。オッサンのこういうとこ、好きだな。自分で決めたことは必ずスジ通すの。
 本棚から一冊の絵本を取り出した二階堂は、それをまどかに渡した。まどかは二階堂の影響か本が大好きで、読み始めるとほんと、おとなしくなる。明後日AZのクリスマス忘年会があるから、オレも明日宏之とまどかに贈る本を探しに行こうって約束してる。
 娘が本に集中していくのを見計らって、二階堂が口を開いた。
「そうだねえ…まあ、難しい話じゃないんだけど」
「うん?」
「椿の方から元春口説いたのは、知ってる?」
「ええ!ねーさんが?!」
「そうだよ。元春にはぜ〜んぜん、そんな気なかったんだけど。大体、椿って元春の趣味じゃないんだよ」
「…いるの。あの美人が趣味じゃない男なんて」
「そりゃいるでしょうが。少なくとも、もうすでに三人いるでしょ?」
「三人?」
「元春と、僕と、チビちゃんと」
 確かに京子ねーさんより元奥さんを選んだ二階堂や、宏之が好きなオレはそうかもしれないけど。いや、オレはどうかな。宏之と会ってなくて、ねーさんが口説いてきたらその気になったかも。
「大学時代から、ず〜っと椿は元春のことが好きでさあ。でもあの性格だから自分からは言えないし、あの顔だから男には困らないしで。元春のことしか想ってないくせに、見せ付けるみたいに椿は男をとっかえひっかえしてたんだよ。あいつバカみたいに何年もそんな、不毛なことしてたんだけど…とうとうボロボロに泣き喚いて、元春に自分の気持ち言ったんだよね」
「……何があったんだよ」
 あの最強なねーさんが、泣き喚いて男を口説くなんて。興味津々で聞くオレに、二階堂は珍しく厳しい顔をした。
「それは秘密。元春だって、僕がそこは喋らないってわかってたから、話していいって言ったんだろうし」
「え〜…いいじゃん。誰にも言わないから」
「ダメ。たぶん椿の一番辛い記憶だろうから。僕は死ぬまで誰にも言わないよ」
 きっぱり言われて、オレは口を噤む。それってやっぱなんか、ねーさんの女としての辛いことなのかな。そうだとしたら、確かに面白がって聞いてもいい話じゃない。
「…ごめん。聞かない」
「謝ることないよ。チビちゃんが察し良くて助かる」
 にこりと笑ってくれたけど。二階堂はその時のことを思い出したのか、眉を顰めてメガネを外した。目を擦る顔がすごく整ってて、ちょっと幼く見える。何度も言ったし、思うけど。コンタクトにすりゃあいいのにな。きれいな顔立ちなのに。もったいない。
「まあ、それでね。椿は元春に、一緒にいてくれるなら何も要らない、何も要らないから一緒にいて、って。言ったんだよ」
「だから松井さん、貢がれるばっかなの?なんか、松井さんらしくないなあ」
 あの松井さんなら、たとえそう言われてたって、付き合ってる相手にはプレゼントとかしそうなのに。
 オレが言うと、二階堂は渋い顔をする。
「いやさあ、椿は本当にギリギリのとこで元春に告白したもんだからねえ。根っからお人好しに出来てる元春がそんな椿を放っておけるワケないし、最初はもう、なし崩しで付き合いだしたんだよ」
「何ソレ。オッサン勝手に言ってねえ?」
「まさか。言ったでしょ?椿は元春の趣味じゃないんだって。でも一緒にいるようになってから、元春がどんどん椿にハマっていったのは、傍から見ててもわかったよ」
 その頃のことを思い出したのか、二階堂が少し笑う。でもオレの顔を見ると、楽しげな笑いはまた苦いものに変わった。
「…付き合いだして最初の椿の誕生日に、元春がなんか…なんだったかな?花かなんか買ったんだよ。そしたら、大変なことになって」
「なんだよ?大変なことって」


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