[Novel:12] -P:11-
長いこと一人で世界中うろついてたから、偽造パスポートくらいなら結構簡単に手に入っちゃうことは知ってた。実際、持ってたし。でも戸籍なんて、そう簡単に手に入らないじゃん?オレだって二階堂に相談はしたけど、まさか戸籍を捏造するとは思ってなかったんだ。欲しかったのは、保険証なんだし。
でも相談してから一ヶ月ぐらいで、二階堂は捏造した戸籍の謄本と、健康保険証を持って来てくれた。内緒だよ、なんて笑って。
……アイツ、何者?なんか、そういう世界の知り合いがいるなんて笑ってたけど。そういう世界ってどーゆー世界だよ〜!ただの脚本家にどんなオトモダチがいるって?!
……チビちゃんの事情は聞かないでいてあげるから、僕の事情も詮索ナシ。わかった?って。釘を刺してきた二階堂は、幸せそうに笑っていた。なんでもそのオトモダチ?に自分の頼みを聞いてもらえたのが、嬉しかったらしい。
すげー気になる。
ああ、もう。すげー気になるじゃん。
そりゃオレの事情は言えないよ。言えないんだから、詮索しちゃダメなのはわかってるんだけど!
誰?!誰が二階堂にあんな幸せそうな顔させてんの?!いつも二階堂の世話焼いてる人?旭希さんだっけ?あの人は公務員だけど、図書館勤めじゃん。戸籍なんか関係ねーよ。確かにあの人といるときだって、二階堂は幸せそうだけど。なんか、違う気がする。
「ねえ、晃くん。パパまってるよ?」
「あ、ああ。悪ぃ。行くか…」
まどかを抱き上げ、足早に部屋を出る。でもオレはますます、二階堂という人間がわからなくなっていた。
詮索したら、オレのことも根掘り葉掘り聞きだすよ?って脅されてるから聞けないんだ。うがあ!誰か教えてくれよ〜!!
愛車のビートルを運転してる二階堂の横顔、睨むように見つめ続けてしまったオレは、可愛くない顔してると送ってあげないよ〜って言われて、仕方なく今日のところは疑問を胸に収めておくことにした。
足を止めずにちらっと腕時計を確認する。ああ、もう九時回っちゃったよ。宏之には連絡入れたけど、オレは必死に走ってる。
息切れすんのがマジうっとうしい。走るのがこんなに大変だなんて、最近まで知らなかったこと。でもオレの身体はもう、無酸素で走れるような身体じゃないし、転んだら怪我だってしてしまう。宏之に心配かけたくないから、信号ごとに荒い息をついて休み、コケないように注意して走っていた。とにもかくにも、手にした小さい紙袋だけは離さないように。
マンションが見えたときには、ホント泣けるぐらい嬉しかったんだよ。
行きは二階堂が送ってくれたけど、クリスマスイヴの街は大渋滞で。普段なら一時間かからないのに、二時間近くかかってしまった。目当てのものを買って、店のオーナーさんに礼を言って。帰りも送る?って聞いてくれた二階堂に、絶対に電車の方が早からって断ったんだ。
走ってるのは駅までと、駅からだけ。なのにこんな、もうマジ死にそう。苦しい。
やっとたどりついたマンションの階段。手すりに縋り付いて、オレは内蔵まで吐き出しそうなほど激しい呼吸を繰り返してる。ヘバんじゃねーよオレ!部屋はもう、すぐそこだ!
二階で良かった、と心から感謝して、ようやくドアを開けたら、安堵と疲労で倒れ込んでしまった。あああ、袋!…って。無事だ良かった。
「っは…はあ…はあ…」
「コウ?!どうした」
「遅っ…ごめ…っ、は…はあ…あ〜…ヤベ、苦し…」
「…そんな慌てなくても…」
困惑げに眉を寄せて、宏之が迎えに来てくれる。そりゃさ。連絡したんだから、少しぐらい遅くなっても平気だってのはわかってたんだけど。でもなんか、プレゼント買うのに時間取られて、仕事帰りの宏之を待たせるんじゃ、本末転倒じゃん。
立てないオレを引っ張り上げ、宏之は何も不審に思わなかったのか、紙袋を受け取ってくれる。それをチェストに置いてくれた宏之に、ダイニングまで連れて行ってもらった。
冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、渡してくれる。ああ、ありがたいです。一気に干したら、ちょっと身体も落ち着いてきた。
「は〜…ごめんな、待ってなくて」
「いいよ」
「うん。連絡は入れたけどさ、でもやっぱオレ、自分で待ってるって言った時にいないの、もうイヤなんだ」
あの時。ここを出て行こうと思った、あの時。
待ってるって言ったのに、オレはここにいなかった。仕方ないよって宏之は許してくれたけど、もう二度と嫌だ。
宏之を不安にさせるのも、オレが不安になるのも、約束守れないのも。
宏之がぎゅうってオレを抱き締めて、額にキスをくれる。
「…ただいま」
「?…おう。おかえり!オレも。ただいま」
「ん…おかえり」
今度は唇を重ねて、笑い合う。部屋を見回すと、ダイニングテーブルには予約してあったフライドチキンの箱と、ワインのボトルが置いてあった。そうでした。仕事帰りに取りに行ってくれって言ってあったんだった。それから……
あった。あったよ。例の。