【ヴァートより抜粋】
今後の展開に関わりそうな部分を、ヴァートからそのまま抜粋。いずれまた、まとめます。
第一話
P1:
豊富な地下資源に支えられた島国、ラスラリエ王国が、海賊という脅威に晒されるようになったのは、ほんの一年ほど前からだ。それまで圧倒的な軍事抑止力を持ち、他国より優位に立っていたラスラリエ国民のほとんどが、「海からの敵」なんて存在を意識したことすらなかった。
海賊討伐隊自体も、一年前にその海賊たちが出現するようになって、ようやく組織されたものだったのだ。
国有船の宝石ばかりを狙う、少数精鋭の海賊船。ラスラリエの海に現れる海賊は、ただ一隻のみ。
その船にどんな連中が乗っているか、国民たちは痛いほど知っている。
彼らは一年半前まで、国民全体が信頼と尊敬を寄せていた相手だ。
ラスラリエの中枢にあり、王家と国民を守護していた数人の魔族。彼らはかつての第二王子を主とし、ある日を境に国民の一割を構成していた他の魔族たちを率いて、反旗を翻した。
理由はわからない。
しかし世界で唯一、魔族とヒトが共存していたラスラリエでは、今や王国に残された数少ない魔族と、王国の大半を占めるヒトが、明確な敵対関係を築いてしまっていた。
国民の中には、ヒトだけで構成されている王国軍に勝ち目はないと、公然と口にする者もいる。
しかしどんなに無謀な戦いでも、ラスラリエ王国軍の兵士が諦めることはない。
国家の要の存在であったにもかかわらず、王家に剣を向け、敗走し、海賊に成り下がった彼らのことを、けして許してはならないのだ。
P5:
テオが軍に入ってからリュイスたちが海賊となって現れるまで、この国で大きな戦いが起こったことはない。ラスラリエの平和を護ってきたのは、リュイスたち自身なのだから。
ラスラリエの王国軍に与えられていた使命は王族の警護や、地方で起きる揉め事の解決であって、歴史的にも対外的な戦闘にはほとんど経験がなかった。
P11:
クリスティンの二の腕に巻かれた包帯の下には、深く無残に切りつけらた傷跡があることを、国中の人間が知っていた。
テオの親代わりであるリュイスと、クリスティンの弟である第二王子は、仲間と共に国を裏切り、先王を殺し、優しいクリスティンまでも殺そうとした。
『血の戴冠式』
後にそう呼ばれることになった、悪夢の日。
先王アーベルを殺し、列席者を何人も殺して国を乗っ取ろうとした第二王子の姦計は、必死に抵抗したクリスティンの尽力で未遂に終わった。
P12:
宰相の立場にいた仲間であるディノを討たれ、その報復として実の兄に斬りかかった第二王子。彼は兄であるクリスティンの腕を深く切り裂いて、逃げ出したのだ。
反乱の協力者である、城内の魔族たちを連れて、どこかへ落ち延びた。
平和なラスラリエの歴史に刻まれた、悲しい出来事。
海賊が現れるようになったのは、それから半年後のことだ。
第二話
P1:
ラスラリエは周囲を海に囲まれ、大陸からも遠く離れた島国だ。
この国では一年前まで、魔族とヒトが共に平和を分かち合っていた。魔族とヒトが互いに助け合って暮らす、この世界で唯一の国だ。
孤島の小国であるにも関わらず、ラスラリエは大陸の列強から完全な独立を守っている。
理由のひとつは、豊富な地下資源に恵まれ、上質な宝石を数多く産出し、経済的優位に立っていること。
そして、もうひとつの理由。
「賢護五石(ケンゴゴセキ)」と呼ばれる鉄壁の守りを有しているために、ラスラリエは軍事力でも大陸の列強各国から、優位な位置に立っている。
遠い過去、ラスラリエ王家の始祖はヒトでありながら、当時ひどい迫害を受けていた魔族を護って戦った。まだ大国の領主であった彼に従い、彼の領民たちも志を等しくして、魔族を護ろうと立ち上がった。
少し特徴的な容姿を持つことや、わずかではあるがヒトとは異なる特殊な能力を持つために、魔族と呼ばれ蔑まれていた者たち。彼らにとって平和に生きることが、ままならなかった時代だ。
当然、魔族を守ろうとする者は同じように迫害され、住む場所を追われる。それでも領主たちは戦うことをやめなかった。
魔族とヒトの違いは、些細な容姿の違いだけ。彼らの有する魔力など、ほとんどの者は役に立たない程度の力に過ぎない。
そんな彼らを差別するのは、ヒトの弱さだ。自分を守るために他者を傷つけようとする、弱さ。
そんなものに惑わされてはいけない。だからこれは、自分たちの正義の為の戦いだ。そう彼らは言い放った。
しかしどんなに力の限り戦っても、大国の力には敵わず領地を負われた王家の始祖は、自分に従う領民と魔族たちを連れ、大きな島にたどり着く。
思ってもみなかった豊穣な大地。人々を守っていけると確信した領主は、その島でラスラリエ王国の独立を宣言した。
魔族とヒトが、同じだけの権利を与えられる理想郷。苦楽を共に生きようとする人々に深く感謝した魔族は、王家とその民に永遠の友愛を誓う。
中でも他の者とは異なる、ひときわ強い魔力を持っていた特別な魔族たち。五つの部族の五人の長が、王家に永劫の忠誠を捧げた。
自分たちは何度でも転生し、子々孫々にいたるまで貴方の一族に仕えようと。
それぞれに特徴的な瞳と髪色をした五人の魔族の忠誠を受け入れ、ラスラリエは新たな道を歩き始めた。
王国と賢護五石の始まり。
国民なら子供でも知っている、国史の始まりに記された物語。
P2:
いまだ転生を繰り返し、王家に忠誠を誓った部族長たちと同じ色の髪と瞳、同じだけの魔力を持って生まれる者。
五人の賢護石を総称して、賢護五石と呼ぶ。
P3:
賢護石に決まった寿命はない。
目の前で眠っている男も、三十前に見える容姿がそのまま、彼の生きてきた長さではなかった。
幼いテオが初めて出会ったときも、テオが生まれるずっと前に描かれた肖像画でも、リュイスは今と少しも変わらない容姿をしている。
賢護石は他の魔族と違い、生まれてたった五年ほどで、重責を担えるまでに成長する。その後はそれぞれが最も魔力を奮える容姿で成長を止め、命尽きるまで国の要として生きるのだ。
不死というわけではないが、他の者と違い大きな魔力を持つ彼らにとって、天命とは自らが決めるもの。己で逝くことを望まぬ限り、賢護石が不慮の死を迎えることなどほとんどない。
彼らの命を左右できるほどの力を持った者はおらず、彼らが命を奪われるような事態などまず起こらない。
P4:
ヒトだけが罹患する死の病は、戴冠式の何ヶ月か前から国に蔓延していた。それを魔族のせいだと騒ぐ人々がいたのは、テオも知っている。
ただ、魔族であるリュイスの元で育ち、友人や知人としても多くの魔族と親交のあったテオは、巷に流布する噂を信じてなどいなかったけど。
でもそれは、事実で。
魔族たちがヒトを滅ぼそうとし、実力行使に出ていたことを、人々は戴冠式の後になって思い知ったのだ。
彼らを率いていたのは賢護五石と、もう一人。ヒトであるはずの、この国の第二王子だった。
戴冠式の日、反乱者たちはヒトの頂点である国王に剣を向けた。
首謀者はラスラリエを護る要だったはずの賢護五石と、新王クリスティンの弟である第二王子。
詳細は明らかにされていないが、戴冠式の出席者たちに毒を盛り、王家の人々に剣を向けた彼らは、思わぬクリスティンの抵抗にあって、赤の賢護石を失い敗走したのだという。
一命を取りとめた出席者たちの証言によると、目を覚ました時、血臭のする玉座の間では、血まみれになったクリスティンが自身の傷にも構わず、先王といまだ目を覚まさぬ人々のため、救命に奔走していたらしい。
先王アーベルを切り捨てたのは、息子である第二王子。
彼は仲間である赤の賢護石が命を落としたことを知ると、その魔力を引き継いで、自身を魔族に変えた。
そんな方法があったのだと、人々はこの戴冠式で初めて知る。禁呪だったのは間違いないだろう。
父を殺し、兄に斬りつけ、死んだ仲間の力まで奪い去った第二王子は、いまや海賊の長となって、ラスラリエ国民に害をなし続けている。
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