落盤事故が起こってから、閉鎖されている宝石鉱山。海の近いこの場所には最近、頻繁に海賊が姿を現しているという。
豊富な地下資源に支えられた島国、ラスラリエ王国が、海賊という脅威に晒されるようになったのは、ほんの一年ほど前からだ。それまで圧倒的な軍事抑止力を持ち、他国より優位に立っていたラスラリエ国民のほとんどが、「海からの敵」なんて存在を意識したことすらなかった。
海賊討伐隊自体も、一年前にその海賊たちが出現するようになって、ようやく組織されたものだったのだ。
国有船の宝石ばかりを狙う、少数精鋭の海賊船。ラスラリエの海に現れる海賊は、ただ一隻のみ。
その船にどんな連中が乗っているか、国民たちは痛いほど知っている。
彼らは一年半前まで、国民全体が信頼と尊敬を寄せていた相手だ。
ラスラリエの中枢にあり、王家と国民を守護していた数人の魔族。彼らはかつての第二王子を主とし、ある日を境に国民の一割を構成していた他の魔族たちを率いて、反旗を翻した。
理由はわからない。
しかし世界で唯一、魔族とヒトが共存していたラスラリエでは、今や王国に残された数少ない魔族と、王国の大半を占めるヒトが、明確な敵対関係を築いてしまっていた。
国民の中には、ヒトだけで構成されている王国軍に勝ち目はないと、公然と口にする者もいる。
しかしどんなに無謀な戦いでも、ラスラリエ王国軍の兵士が諦めることはない。
国家の要の存在であったにもかかわらず、王家に剣を向け、敗走し、海賊に成り下がった彼らのことを、けして許してはならないのだ。
第三小隊の隊長であるテオ・オーベリは、身体を走った激痛に目を開けた。
「っ…く、ぁ…」
捩ろうとした身体を強張らせ、どくどく脈打つような痛みに、神経か慣れるのを待つ。まだ傷口からは血が流れていのかもしれない。確認しようにも、あまりの痛みで身体を動かせないのだ。
しかし海賊たちとの戦いのさなかに負ったこの傷は、海賊につけられたものではなかった。
―――間抜けにもほどがあるな…
未熟な部下が放った矢は、テオの背後からわき腹の辺りを貫き、おそらく内臓も傷つけているだろう。
自嘲気味に歪んだ顔には、まだ幼さの残る少年らしさがあった。
彼はテオ・オーベリ。
弱冠十七歳で小隊長を務める、海賊討伐隊のひとり。
海賊の目撃情報を受け、確認のため派遣されたのは、一番近い基地に駐留していた第三小隊だった。
隊長職の中で最年少のテオは、第三小隊の半分にあたる部下を率い、目的の鉱山に向かった。