宰相の立場にいた仲間であるディノを討たれ、その報復として実の兄に斬りかかった第二王子。彼は兄であるクリスティンの腕を深く切り裂いて、逃げ出したのだ。
反乱の協力者である、城内の魔族たちを連れて、どこかへ落ち延びた。
平和なラスラリエの歴史に刻まれた、悲しい出来事。
海賊が現れるようになったのは、それから半年後のことだ。
第二王子に付き従った者の中にリュイスがいたことを、テオはどうしても信じられなかった。
だから、何としても会いたくて。
リュイスの口から、本当のことが知りたかったから。
クリスティンはテオの頬を冷たい手のひらで包むと、静かな瞳で口を開く。
―――いいかい、テオ。どんなに悲しい嘘で欺かれても、酷い目に遭って傷つけられても。必ず私の元へ戻って来るんだよ。
―――陛下…
―――君の真実は、ここにある。私は必ず、君を待っているから…
辛くなったら私のところへおいで。
クリスティンはそう囁いて、テオの身体を強く抱きしめてくれた。
温かい腕に包まれていると、もう耐えられなくて。リュイスがいなくなった日から人前ではずっと我慢していた涙を零し、テオはクリスティンの胸で泣きじゃくった。
国のためではなく、ただリュイスと会いたいがために志願した、自分勝手なテオの志願動機を、クリスティンは全て見抜いている。それでもテオを咎めずに、心配して手を差し伸べてくれる。
どうしてこの人を裏切ったり出来る。
誰より優しくて、誰より国民を愛する国王陛下なのに。
―――必ず私の元に戻って来るんだよ。
テオを思い遣ってくれた温かい言葉。もしかしたら彼は、リュイスの残酷な仕打ちを予感していたのかも知れない。
うち捨てられた救護室で、リュイスの陵辱に心を疲弊させながら、テオはその言葉に縋りつく。
あの方のところへ帰ろう。
どんなことをしてでも、陛下のもとに帰還しなければ。
信じていたリュイスに裏切られ、絶望するテオに残された、唯一の光。
クリスティンが少しでも自分なんかを大事に思ってくれるなら、彼のところへ帰るのだ。信じていた者たちに裏切られ、多くを失った陛下に、もう何も失わせてはならないのだから。
《ツヅク》