自分の心の中のことなど、誰に知られることもないと思っていたテオは、内密に国王陛下から呼び出しを受け、自分の気持ちに気付いている唯一の存在を知った。
私用だから、と自室にテオを呼んでくれた国王、クリスティン。金色の髪を風に揺らせて窓辺に立っていた彼が、振り返ったとき。
袖口からは真っ白な包帯が覗いていた。
―――テオ
優しく名前を呼んで、青く澄んだ瞳にテオを移したクリスティンは、緩やかに手を差し伸べてくれた。
物心つく前に母を亡くし、幼い頃に父も亡くしていたテオは、リュイスに引き取られてから王宮で育っている。そのせいで皇太子だった頃のクリスティンとは面識があり、時には二人で親しく言葉を交わす間柄だった。
いつも穏やかで、気遣いの細やかなクリスティン。彼は昔からこうして、テオを見つけるたびに優しく声をかけてくれた。
しかし今は、立場が違う。
自分はただの軍人で、彼はもうこの国の王なのだから。
躊躇うテオに笑みを浮かべると、クリスティンはもう一度テオを呼んでくれた。
―――おいで、テオ。
静かな声に逆らえず、そばまで歩み出たテオの細い身体を、クリスティンは柔らかく抱きしめてくれて。
―――海賊討伐隊に、志願したんだね。
労わるように髪を撫でてくれる、冷たい指先。その指の先、クリスティンの二の腕に巻かれた包帯の下には、深く無残に切りつけらた傷跡があることを、国中の人間が知っていた。
何も言えずに頷くテオの顔を上げさせると、クリスティンは悲しげな顔で微笑んでいて。
―――すまないね…私が不甲斐ないばかりに、お前まで苦しめてしまう。
―――そんな!そんなこと仰らないで下さい…陛下は、我々を助けて下さったのですから…
それ以上言葉を続けられなかった。
あまりにも唐突だった、魔族たちの裏切り。頭でいくら理解しても、心がついていかない事態に、苦しむ者は国民の中にも多い。もちろんテオもその一人だ。
もしかしたら、現場にいたクリスティンも同じ気持ちなのではないかと思って。
…いや、テオなどより、クリスティンの方がよほど傷ついていているはずだ。
心も、身体も。
テオの親代わりであるリュイスと、クリスティンの弟である第二王子は、仲間と共に国を裏切り、先王を殺し、優しいクリスティンまでも殺そうとした。
『血の戴冠式』
後にそう呼ばれることになった、悪夢の日。
先王アーベルを殺し、列席者を何人も殺して国を乗っ取ろうとした第二王子の姦計は、必死に抵抗したクリスティンの尽力で未遂に終わった。