足を止めず確認した視界に、リュイスが追って来る気配はない。
テオは自分と共に廃鉱山へ向かった第三小隊の半分にあたる部下たちへ、撤退の際にはこの森を抜けたところで待てと命じてある。
その上で、もし自分が一週間以上戻らない時には、基地に残してきた仲間へ援軍を要請するとともに、王宮へ連絡を取り、今後の指示を仰ぐようにと。
長い監禁でどれくらいの日数が経っているのか判断できないが、もしかしたら部下たちは、まだテオを待っていてくれるかもしれない。
―――陛下のもとへ、帰るんだ…!
それはリュイスに捕らえられてから、ずっと望んでいたこと。最後までテオを支えた、希望なのに。
森の半ばでテオは足を止めた。
やはりリュイスが追いかけて来る気配はない。
ぜいぜいと息を吐き出し、幹の太い木に寄りかかる。手も足も震えていた。
鉱山と反対側に目を凝らせば、遠くに小さな火が揺れている。野営を張った第三小隊だ。
もう一度、鉱山を振り返った。
その向こうに、海がある。
追いかけてこないリュイスは、どんな顔でこちらを見ているだろう。
テオを罵っているのか。それとも自分の失態に、表情を歪めているだろうか。
―――リュイス様…
我知らず、テオの頬を涙が伝っていく。
リュイスに憧れて、必死にその背中を追いかけた。いつまでも彼の傍にいることだけが、テオの夢だった。
でもそれは最悪な形で裏切られ、儚くも消えたのだ。
追いかけることもしないリュイスにとって、自分は何だったのだろう。仲間に引き入れるつもりだと言っていたのも、所詮は気まぐれなのかもしれない。
テオは何とか息を整えながら、しばらくその場に立ち尽くしていた。
心を塗りつぶしていくのは、形にならない寂しさ。
漠然と広がる灰色の感情に食らい尽くされて、己という存在さえなくなってしまいそうだ。
ただ…一緒にいたかった。
ずっとリュイスと一緒に生きていたかったのに。
どれくらいそうしていたのか、涙を拭ったテオが、ちらちらと揺れる火に向かって歩き出そうとしたとき。自分の胸元でペンダントが跳ねたことに気付く。
―――あ…これ…
つい自分の首に掛けたことさえ忘れて、持ってきてしまったリュイスの大事なペンダント。
その場に捨ててしまうつもりで首から外したのだが、どうしても出来なくて。
テオはそれを手に握ったまま、唇を噛みしめて仲間の元へ歩き出していた。
《ツヅク》