【Lluis×TheoB】 P:10


 でももう、それは終わり。
 光に満ちていた懐かしい日々を、テオは自分の中で切り捨てる。がらんと開いた心の空洞を、国王陛下への忠義で必死に埋め尽くしていた。

 足音を忍ばせて扉に近寄り、両手で剣を構える。
 いくらリュイスを憎んでいても、歴然とした力の差は覆せない。魔力を使って捕らえられたら最後だ。
 でも、機を逃さなければ活路は見える。
 どんな事態に陥っても、けして諦めてはならない。危機であるほど冷静に。勝敗を分けるのは瞬時の判断。
 テオにそう教えたのはリュイスだ。
 教え子を侮り謀った罪は、その身であがなってもらう。
 勝負はリュイスがこの扉を開け、入ってくる一瞬。
 レフの料理を持っているなら、彼の手は塞がっているだろう。

 テオは腰を落とし、姿勢を低くする。剣を握る手は強く、しかし肩の力を抜いて。
 外の会話に耳を済ませた。
 さすがに賢護石二人を相手にするのは、無謀すぎるだろう。
 狙うはリュイスただ一人。

「これ以上は庇いきれないぞ」
「わかった」
「迷いが消えないならテオをつれて来い。私たちが説得する」
「…考えよう」
「ならもう私は行くが…リュイス」
「なんだ?」
「ほどほどにしておけよ?お前最近、立ってるだけでも空気がエロい」
「うるさい、早く行けっ!テオが目を覚ますだろっ」
「ははは!天下の元帥様も形無しだな!」

 レフの笑い声が遠ざかっていく。好機が近づいているのを知って、テオは剣を握り直した。

「ったくあいつは…一言多いんだ」

 ぶつぶつ文句を言いながら、レフを見送っていたのだろう。しばらくリュイスは救護室に戻らなかった。
 鍵を差し入れる音がして。ゆっくり扉が開いていく。
 死角に潜んでいたテオは、リュイスが一歩救護室に入った瞬間、構えていた剣を振り上げた。

「っ…テオ!」

 唐突な攻撃に驚いたリュイスの反応が、わずかに遅れた。テオは返す刃をリュイスの背中に振り下ろす。
 手にしていた食事を放り出し、なんとか避けようとしたリュイスだが、素早いテオの動きに追いつかず、刃先が肩の辺りを切り裂いた。

「く…っ、お、まえ」

 剣を握る手に、肉を切った重さが伝わった。奥歯を噛み締め、思い切りリュイスの背中を蹴りつける。
 体勢を崩したリュイスを確認もせずに、テオは身を翻して外へ駆け出した。

「待て、テオ!戻って来いっ!」

 リュイスの叫ぶ言葉に、振り返ってやるつもりはない。

 落盤の影響で崩れている山肌を登り、後ろも見ずに走る。海を背に息が上がるのもかまわず足を動かしていたテオは、森の入り口でようやく後ろを見た。