でももう、それは終わり。
光に満ちていた懐かしい日々を、テオは自分の中で切り捨てる。がらんと開いた心の空洞を、国王陛下への忠義で必死に埋め尽くしていた。
足音を忍ばせて扉に近寄り、両手で剣を構える。
いくらリュイスを憎んでいても、歴然とした力の差は覆せない。魔力を使って捕らえられたら最後だ。
でも、機を逃さなければ活路は見える。
どんな事態に陥っても、けして諦めてはならない。危機であるほど冷静に。勝敗を分けるのは瞬時の判断。
テオにそう教えたのはリュイスだ。
教え子を侮り謀った罪は、その身であがなってもらう。
勝負はリュイスがこの扉を開け、入ってくる一瞬。
レフの料理を持っているなら、彼の手は塞がっているだろう。
テオは腰を落とし、姿勢を低くする。剣を握る手は強く、しかし肩の力を抜いて。
外の会話に耳を済ませた。
さすがに賢護石二人を相手にするのは、無謀すぎるだろう。
狙うはリュイスただ一人。
「これ以上は庇いきれないぞ」
「わかった」
「迷いが消えないならテオをつれて来い。私たちが説得する」
「…考えよう」
「ならもう私は行くが…リュイス」
「なんだ?」
「ほどほどにしておけよ?お前最近、立ってるだけでも空気がエロい」
「うるさい、早く行けっ!テオが目を覚ますだろっ」
「ははは!天下の元帥様も形無しだな!」
レフの笑い声が遠ざかっていく。好機が近づいているのを知って、テオは剣を握り直した。
「ったくあいつは…一言多いんだ」
ぶつぶつ文句を言いながら、レフを見送っていたのだろう。しばらくリュイスは救護室に戻らなかった。
鍵を差し入れる音がして。ゆっくり扉が開いていく。
死角に潜んでいたテオは、リュイスが一歩救護室に入った瞬間、構えていた剣を振り上げた。
「っ…テオ!」
唐突な攻撃に驚いたリュイスの反応が、わずかに遅れた。テオは返す刃をリュイスの背中に振り下ろす。
手にしていた食事を放り出し、なんとか避けようとしたリュイスだが、素早いテオの動きに追いつかず、刃先が肩の辺りを切り裂いた。
「く…っ、お、まえ」
剣を握る手に、肉を切った重さが伝わった。奥歯を噛み締め、思い切りリュイスの背中を蹴りつける。
体勢を崩したリュイスを確認もせずに、テオは身を翻して外へ駆け出した。
「待て、テオ!戻って来いっ!」
リュイスの叫ぶ言葉に、振り返ってやるつもりはない。
落盤の影響で崩れている山肌を登り、後ろも見ずに走る。海を背に息が上がるのもかまわず足を動かしていたテオは、森の入り口でようやく後ろを見た。