目を覚ましたのは、リュイスの腕の中。
ぼんやりと緑の髪を見つめていて、テオはようやくリュイスが自分を抱いて走っているのだと理解した。
背中の傷は深すぎるのか、あまり痛みを感じない。ただそこから体中に伝わる熱が、視界や意識を翻弄している。
―――リュイス様の手…アツ、イ…
さすがはかつて、ラスラリエ王国軍一の誉れも高かった、リュイスの剣だ。背中に受けたときの衝撃といったら、棍棒のようなもので殴られたかのように重かった。
背中の傷は、リュイスに斬られたもの。
最後まで諦めず、自分を信じ続けてくれた部下に、リュイスの剣が振り下ろされようとしているのが見えて。テオは思わず彼を庇ってしまったのだ。
リュイスは時折、背後を確認して走っている。
細身で小柄とはいえ、軍人であるテオを抱いたまま、全力疾走しているリュイス。森を抜けたのだろう、海からの西日が眩しい。
暗かった視界にいきなり光が差し込み、テオは目を眇めた。
鋭い光の中、緑の瞳がただ前だけを睨んでいる。その背後に、長いプラチナグリーンの髪が揺れていた。
見つめているだけで眩暈がしそうだ。
―――あんな笑顔で褒められたの、初めてだったな…
怪我の痛みと熱で朦朧とする頭の中、自分を抱いている美しい横顔だけが、やけにリアルだった。
―――『よくやったな、テオ。』
本当に嬉しそうな顔で微笑み、リュイスがそう囁いたのは、テオが斬られる少し前の出来事。それは今まで一度も見たことのない、優しい笑顔だった。
テオの失脚を目論んだ副隊長の言葉に踊らされた部下や、不条理な暴力に耐えかねてテオを見捨てた部下たち。
鋭い言葉で彼らを制し、短い時間で隊長としての信頼を取り戻したテオのことを、リュイスはちゃんと見ていてくれた。
テオ自身にも聞こえるかどうかの、小さな囁き。めったに聞けない、リュイスからの褒め言葉。
息苦しくなるくらい、嬉しくて。立場も状況も弁えず、泣いてしまいそうなほど。
でもあの時は、感動している場合じゃなかったから。戦うことに集中しようとしたテオは、リュイスの剣が部下を狙っていることに気付いた。そしてその部下が体勢を崩したとわかった瞬間、自分の身を投げ出してしまったのだ。
リュイスの走るスピードが緩くなり、テオは何とか首をめぐらせて、自分たちの居場所を知る。
見覚えのある荒地。落盤した廃鉱山。
その先端にある救護室は、テオがリュイスの手を逃れて飛び出してきたところ。
またここへ戻って来てしまったのかと、テオは溜息を吐く。