「テオ様。どのような事態になっても顔を上げているよう申し上げたばかりですよ」
「だって…」
「だって、ではありません。いつまでも子供気分の抜けない方ですね」
「…すいません…」
「まったく。心配で当分は目が離せませんね。…そうお伝えください」
「あ、あの」
「貴方の部屋に迷い込んでいる、緑色の野良犬のことですよ」
小さな声でそれだけ言うと、イクスは踵を返して長い廊下を歩いていく。
明確な言葉は何も口にしなかったが、彼は自分たちの味方だと言ってくれているのだ。
じん、と目蓋が痺れるように熱くなっていた。テオが溢れてくる涙を袖口で拭いながら部屋へ戻ると、扉越しに話を聞いていたのだろう、リュイスに思い切り抱きしめられる。
「…食えない奴め」
「リュイス様」
「あいつ、本当は魔族なんじゃないか?あの洞察力は並みじゃないぞ」
「いいんでしょうか…あの人を巻き込んでしまわないでしょうか」
「テオ」
「もし…もしイクスさんにまで何か…」
自分とリュイスのことが露見したとき、イクスにまで火の粉が降りかかるんじゃないかと、テオは不安に震える。
彼の言葉は本当に嬉しい。自分たちが間違っているとわかっているからこそ、それでも庇ってくれようとしてくれる存在は、心強かった。
しかもイクスは本当の意味で、リュイス以上にテオの親代わりだった人だ。
リュイスと一緒に住むようになってからずっと、慣れない王宮での作法や言葉遣い、学問では学びきれない色んなことを教えてもらった。いつもテオを見守って、体調を崩せば夜通し看病し、無茶を見つけたときは叱ってくれた。
いつも正しくまっすぐで、リュイスの信頼厚い人。
そんな彼を、自分のワガママに巻き込んで、辛い目に遭わせてしまうような事になったら。
テオは改めて、自分のした決断の重さを思い知る。
人は誰も、一人で生きているわけじゃないから。テオの過ちで咎めを受けるのは、自分たち二人だけじゃないかもしれない。
テオに仕える人々や、王宮内外の友人、第三小隊の部下たち。もし彼らまで何か言われたら。その原因が、自分だったら。
幼さゆえに考えすぎるテオの肩を抱いたまま、リュイスは苦笑いを浮かべてゆっくり歩き出した。
「なあテオ」
「リュイス様…」
「お前の言うことはわかる。お前たちを置いて王宮を出た私には、痛いほどな」
部屋の真ん中に置いてあるベッドまでたどり着いたリュイスは、そこにテオを座らせた。自分も隣に腰を下ろし、優しく肩を撫でてやる。