【Will x Leff @】 P:09


 崖の縁に膝をつき、身を乗り出して目を眇めたレフは、魔力で風を起し、邪魔な周囲の雨をなぎ払った。
 その、視線の先に見えたもの。

「ウィルト!!」

 叫んだレフの声に驚いて、兵士達も馬上から降り、崖の下を見つめている。言われて見れば確かに、木々の間から白い布が見えているような。

「レフ様っ」
「すぐにリュイスを王宮へ呼び戻せ!あの子は私が運ぶ!」
「わかりました!」

 確かにこの男は、優秀な軍人のようだ。
 レフの命じる意図が理解できなくても、素早く身体が反応している。
 オーベリが指示を出している間に、レフの小柄な身体が風に包まれ浮かび上がった。
 賢護石が魔力を揮うところを、一般の兵士が目にすることはめったにない。しかも自分たちの上司である緑の賢護石ならともかく、黄の賢護石の魔力は、どんな風に作用するのか想像もつかないのだ。
 呆気に取られ動きを止める兵士に、オーベリの激しい檄(ゲキ)が飛ぶ。それを背後に聞きながら、レフは風を操り一気に少年の元へ降りて行った。
 
 
 
 崖の下に木々が生い茂っていたのは、幸いだっただろう。もう少し先で落ちていたら、海沿いの岩場にまっ逆さまだ。
 幼子のすぐそばに降り立ったレフは、着ていた外套を脱ぎながら、小さな身体に駆け寄った。同時に今も強く降り続いている雨を、自分たちの周囲だけ風で防いでやる。

「ウィル!ウィルト・ベルマン、しっかりしなさいっ」

 近くに見たウィルトの身体は、医療の知識に乏しいレフが顔を顰めるほど酷い状態だった。
 どれくらいの間、雨に打たれていたのか。幼い顔からは色が失われ、右足がおかしな方向に曲がってしまっている。
 レフはぎゅっと顔を歪めながらウィルトのそばに膝をつくと、手にしていた外套をかけてやった。

「ウィル!私の声が聞こえるか、ウィル!」

 服が汚れるのも構わず、顔を近づけて名前を呼び続ける。
 この子は母のために、最善の策を取ろうとした。おそらく無理を承知で、嵐の中この道を走ったのだ。
 母が何を求めて、家を飛び出し王宮へ向かったのかも知らずに。

「ウィル…お願いだ。目を開けてくれ…っ」

 悲鳴のようなレフの声が、届いたのか。濡れた睫が震えて、ウィルトはうっすらと瞳を開いた。
 眩しそうにレフを見つめ、何かを言おうと口を開いている。青ざめた唇に指先をあて、レフは首を横に振った。

「何も言わなくていい。もう大丈夫だ。すぐにお母さんの所へ連れて行ってやるからな。もう少しだけ頑張れ」

 話しかけるレフを見て、わずかに微笑んだように思ったのは、レフの願望だったのかもしれない。
 アメリアと同じ瞳の色。よく似た面差し。
 抱き起こしたレフの腕の中で、幼子はゆっくりと目を閉じ、気を失った。

 氷のように冷たい身体が、無意識にレフの体温を求め、擦り寄ってくる。レフは自分たちを包んでいる風の温度を少しだけ上げ、そのままふわりと宙に舞い上がる。
 温かな風に包まれた二人の身体は、激しい雨を引き裂くように、まっすぐ王宮へ向かっていった。


《ツヅク》