「うん。ないだろ」
「…はい。触ったことも、近くで見たこともありません」
ウィルの意図がわからず、身体を横たえたまま何度もまばたきをしている。クリスの戸惑う表情に、ウィルはにっと笑った。
「じゃあ、持って来てやろうか。煉瓦」
「え…ここに?」
「そうだよ。…お前の言う通り、書物で読むだけじゃ、本当に知っているとは言えない。だったら自分の目で見て、指で触って、確かめたらいい」
「ウィル」
「あんまり珍しいものは、無理だけど。煉瓦くらいなら、オレでもなんとかしてやれる」
ウィルの言葉に、クリスの顔がぱあっと明るくなった。
「いいんですか?本当に?!」
がばっと勢いよく起き上がったクリスは、その衝撃で目眩を起してしまい、頭を押さえてもう一度倒れこんでしまう。
「お前…いきなり起きるなよ。もう少し寝てろって」
「だい…じょうぶ…それよりウィル、本当にいいんですか?」
「いいよ、今度来るとき持って来てやる。道の舗装に使うやつがいいんだよな」
「…他にも種類が?」
「色々あるんだよ。家の壁に使うのとか、庭の花壇に使うのとか。色も形も違うし、硬さも違うみたい」
「そんなにたくさん…」
初めて見る歳相応な笑顔。きらきらと目を輝かせているクリスに、ウィルは真剣な表情で釘を刺した。
「言っとくけど、全部をいっぺんに持ってくるのは無理だぞ?けっこう重いんだから」
「はいっ」
「なんなら明日にでも持ってくるけど、お前っていつもここにいんの?」
レフに会うことさえ難しいのに、皇太子相手ではさらに困難かもしれない。
今日と同じ手で忍び込むことは出来ないだろうから、明日はまた、別ルートだ。
どうやって渡したものかと思案するウィルに、今度はクリスの方がイタズラを思いついた表情になった。
「では明日、王宮へいらっしゃる際には、レフに会うためと言わず、私に会うためだと言って下さい。自分は皇太子クリスティンの友人だと」
「いいけど…お前、怒られたりしない?」
「大丈夫です。私の元へ案内するよう、伝えておきますから…それに」
「ん?」
「お礼をしますよ、ウィル。明日の夕食は是非ご一緒に」
「別に礼なんか…」
「いいんですか?明日は私、レフの用意する夕食に、誘っていただいているんですが」
「レフの?!」
目を見開いたウィルは、自分を驚かせたことに満足そうなクリスを見て、にやりと口元を歪めた。
彼は綺麗なだけの王子様じゃないらしい。どうやら自分と気が合いそうだ。
「オレが行ったら、また迷惑そうにするんだろうな、レフ」
「ちゃんと言っておきますね。私の大切な友人を招待したいと」
「驚くかな」
「相当、驚かれると思います」
二人は共犯者の笑みをかわし、誰もいない書庫でひっそりと楽しい計画を立てる。
同じレベルで話せる友達のいなかったウィルと、友達自体がいなかったクリス。彼らはこの日、生涯の友人を手に入れたのだ。
《ツヅク》