思えばウィルトはいつから、自分の前で子供らしく、はしゃがなくなったんだろう。
レフは政庁にある執務室で、膨大な量の書類に囲まれながら、思わずため息を吐いていた。最近の彼は何をしていても、いつの間にかウィルトのことを考えてしまうのだ。
かつてのウィルトと、今のウィルトを比べてみる。気づかなかった違いを見つけては、気持ちが暗くなる。
寂しいというのとは違う。
むしろ、悔しいという方が近いかもしれない。
ウィルトは今でも、三日と空けずに王宮を訪れる。しかしあのシーサイドエンドの話を聞いて以来、レフは彼が王宮までやって来る理由に、疑問を持っていた。
あの子はただ自分に会いたくて、王宮通いを続けているのだと……今までは疑いもせずに、そう思っていたけど。
どうやらウィルトとの時間が親密なのは、自分より皇太子クリスティンのようだ。
自分に会うついでにクリスの元へ寄っているのではなく、自分の方がクリスに会うついでの相手なんじゃないか?……なんて。
相変わらずウィルトの気持ちを迷惑だと思っているくせに、そんなことを考え腹を立ててしまう。
思えばウィルトが会いに来なくなるのは、決まってクリスの体調が悪いとき。それはつまり、王宮までは来ているのに、自分の元へは来ていないということだ。
心配そうな顔で、クリスの枕元に座っているウィルト。
眉を寄せて、優しくクリスの手を握ってやるウィルト。
想像でしかないのに、やけにリアルな姿を思い浮かべては、苛立ちを募らせる。
ないがしろにされて怒っているわけではない。別に、それならそれで構わないのだ。
子供の気持ちが移ろいやすいのは、よくあること。もうウィルトの中では、自分よりもクリスの方が、大きな存在になっているのだろう。
それは願ってもないことだし、ウィルトの歳を考えれば、相手がクリスである方が、より自然で健全なのだ。皇太子の美貌は、誰もが認めるものなのだから。
しかし、だからこそ頭にくる。
ウィルトの態度は、自分にもクリスにも、不誠実だ。もう自分のところになど、義理立てして通って来る必要はないのに。
イライラの収まらないレフは、周囲が声をかけるのも躊躇うほどの勢いで、片っ端から書類を片付けていた。
こんこん、と軽やかに執務室の扉が叩かれる。
ウィルトが来たのかと不機嫌に顔を上げたレフは、その時になってようやく、周囲の者が執務室を出ているのに気づいた。
レフの発する無言の威圧感に、居辛かったのかもしれない。それでも今は仕事中だ。
部下の態度に顔を顰めるレフは、再度扉を叩かれて、仕方なく「入れ」と促した。
てっきりいつもの能天気な顔で、ウィルトが現れると思っていたのに。姿を見せたのは、緑の賢護石(ケンゴセキ)リュイスだ。
「演習計画の変更日程、持ってきた」
「珍しいな。お前が自分でか」
「別にいいだろ。たまには」
「もちろん。助かるよ」
大きな机越しに何枚かの書類を受け取ったが、リュイスは立ち去るでもなく、じいっとレフを見つめている。
何か言いたげな、からかうネタを探しているような、深い緑色の瞳。しばらく放置していたが、あまりにもあからさまな視線に、レフは仕方なくリュイスを見つめ返した。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「いやな…あいつもいい加減、懲りないなと思って」
「あいつ?」