【Will x Leff H】 P:01


 皇太子クリスティンに、専用の執務室を与えることになったのは、一年半前のことだ。
 日に日に公務が増える彼の私室は、当時すでに膨大な資料や、彼が処理すべき書類で溢れ返り、もう寛ぐような場所ではなくなっていた。
 これではゆっくり身体を休めることも出来ない。そう言って最終的に声を上げたのは、生まれたときからクリスの面倒を見ている老女官。彼女に強く言われてしまうと、さすがの皇太子も遠慮している場合ではなくて。仕方なく彼女の要請を受け入れ、クリスティンは執務室を構えることにしたのだ。

 その時彼は、居室のある中央殿ではなく、議事堂の中の一室を望んだ。
 賢護五石(ケンゴゴセキ)や大臣たちの執務室がある政庁ならともかく、議事堂にそんな広い空き部屋はない。慌てる侍従たちに、狭くてもいいから書庫に近い方が便利だと笑って、クリスは譲らなかった。
 結局、彼は大臣達よりも小さな部屋を執務室に選び、
十六歳になった今、一日のほとんどをそこで、誰よりも忙しく過ごしている。

 黄の賢護石(ケンゴセキ)レフが、珍しく皇太子からの呼び出しを受けて、その狭い執務室を訪れたのは、夕食も終った遅い時間。
 すっかり人気もなくなった、暗い廊下に輝くのは、レフの鮮やかな金色の髪だけだ。
 少年姿の賢護石は、少し大きな籠を片手に、長い廊下を歩いている。議事堂の端にある執務室にたどり着くと、分厚い扉は内側から開かれた。
 扉の向こうで笑いかけているのは、背の高い浅黒い肌の青年。

「お久しぶりです、レフ様」
「ああ、エリク。来ていたのか」

 礼儀正しく頭を下げ、横に寄って道をあけてくれる。
 逞しい身体に良く似合う、落ち着いた色の服装。きちんと身なりの整った彼が、貧民街であるシーサイドエンドの住人だなんて、一見しただけではわからないだろう。

 皇太子であるクリスが、
この青年を頻繁に王宮へ呼ぶようになった当初は、さすがに大騒動だった。当時はエリク自身も恐縮して、おどおど視線をさ迷わせていたくらいだ。
 彼はクリスティンの親友である、ウィルト・ベルマンの友人。親友の友なら私の友だと言い放ったクリスは、ウィルトがこの王宮を去って以降、何かとエリクに用事を申し渡し、仕事を与えている。

 レフが部屋に入ると、エリクはそのまま出て行こうとした。

「なんだエリク、もう帰るのか?」
「はい。失礼いたします」

 にこりと笑って頷いたこの爽やかな青年は、レフにとっても恩人である。
 数年前に瀕死の重傷を負った時、エリクはウィルトの要請で、自身の危険も省みず、この王宮まで緑の賢護石リュイスを呼びに走ってくれた。クリスともその時以来の付き合いだ。
 本当のところ、クリスがどんな用事をこのエリクに命じているのか、レフは知らない。何度か聞いたこともあるが、
二人は個人的なことだと言うばかりで、詳細を話そうとはしない。