【Will x Leff H】 P:02


 言葉遣いも、立ち居振る舞いも、すっかり王宮に馴染んでいるエリク。
 もちろん排他的な王宮で、彼に辛く当たる者は少なくないはずなのだが。エリク自身はいつの間にか、それにも慣れてしまったようだ。

 エリクの返事に、一旦はそうかと頷いたレフだが、ついでだから前から気になっていることを聞いてしまおうと、彼を呼び止めた。

「はい?」
「お前まだ、シーサイドエンドに住んでいるそうじゃないか」
「ああ、はい。そうです」
「どこかへ移り住む気はないのか?王宮とは言わんが、せめて王都の中央街にでも、家を構えたらどうだ」

 あえて口には出さないが、その方が王宮内の風当たりも、少しはマシになるんじゃないかと。レフは心配そうに問いかける。しかしエリクは、首を振って微笑んだ。

「お気遣いありがとうございます。しかし私にとって、あの街よりも住み良いところなどないのです」
「エリク…」
「ご心配くださるお気持ちには、本当に感謝しています。ですがたとえ、私がどこへ住んだとしても…
貧民街の出身であることに変わりはありません。それにあそこにいる方が、私も何かと便利ですし」
「…便利?」
「はい。では、私はこれで」

 首を傾げるレフと、奥の机で笑っているクリスに深く頭を下げ、エリクはその場を後にした。
 意味がよくわからず、レフは部屋の中を進む。クリスも大きな机の向こうから、レフが籠を置いた応接席まで歩いてきた。

「こんな時間にお呼びだてして、申し訳ありません」
気にするな。こんな時間まで仕事熱心なお前は、また何も食べていないのだろう?」
「あ〜…はい、まあ」
「少し持ってきたから、食べなさい」

 レフは持ってきた籠を開け、簡単な夕食を並べてやる。それを見たクリスは、子供のように嬉しそうな顔をした。

「ありがとうございます。実は少しだけ、期待していたんです」
「まったく…お前は昔から、何かに没頭すると、すぐ食べることに手を抜くんだ。食事と睡眠はきちんと摂りなさい」
「はい」
「お前がそんなことでは、きっとウィルも心配して…」

 言いかけたものの、レフは慌てて口を噤んだ。もうあの子が王宮を去って随分になるというのに、どうしてもつい、クリスのそばにいると、昔のように話してしまう。
 むすっとした顔で視線を逸らせるレフを見つめながら、
クリスは何も言わずに用意された夕飯を味わい、本当に腹を空かしていたのだろう。あっという間に平らげてしまった。

「ご馳走様でした。ありがとう、レフ。とても美味しかったです」
「あ、ああ…」

 うっかりウィルの名を出してしまって、落ち着かない自分を取り繕うように、レフは黙ったまま食器を片付ける。その横でクリスは、自らお茶の用意を始めた。

「クリス。お前がそんなことしなくていい」
「なぜです?貴方が片付けてくださる間に、お茶が入ったら。合理的じゃないですか」