「たとえ何があっても、貴方を責めたりはしない。自分の弱い心に負けたりもしない。この手を離さないために、オレは自分に出来る最大限の努力をする。それは貴方のためじゃない。オレ自身のためだ」
レフの手を引き寄せ、指を絡めて開かせると、ウィルトは自分の頬に押し付けた。
「貴方という存在に触れていられる、この幸福を。いま噛み締めている、喜びを。オレは永遠に忘れない」
ウィルトは変わっていない。
幼い頃、杖に縋って王宮を去る日に、自分の手を握って誓いの言葉を口にした。同じ想いでいるのだと今も言う。
なら、変わるべきはレフの方なのだろう。
子供の戯言だ、どうせ一時の気の迷いだとろくに向き合ってやらなかった。どんなにウィルトが追いかけてきても、レフが振り返ってやったことはない。
でも、ウィルトは十年もの歳月をかけて、自分の想いを証明している。
レフは捕われたままの手で、優しくウィルトの頬を撫でてやった。
「私はお前の想いに答えてやれないぞ?それでもいいのか?」
「構わないよ。勝手に口説き続けるから」
「…辛くないのか」
「全然平気。貴方のそばにいられるだけで充分幸せ。もちろん、もっと幸せになりたいな〜っとは、思ってるけどね」
「贅沢だな」
「子供は贅沢でワガママなもんです」
負担にはなるまいと、茶化して言うウィルトの優しさに、レフは微笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとう、ウィル」
「…レフ?」
「お前の気持ちはわかった。同じだけの想いを返してやれないのは、申し訳なく思うが。もうお前の気持ちを、ないがしろにしたりはしないから」
本気でびっくりした顔になったウィルトは、一瞬また、あの鋭く突き刺さるような視線でレフを見つめて。ふるっと頭を振ったかと思うと、そのまま華奢なレフの身体を抱きしめた。
「すごい、嬉しい。なにこれ、三年頑張ったオレへのご褒美?」
「そうかもな」
「うわヤバい…泣きそうなんだけど」
「泣いてみるか?頭ぐらいは撫でてやるぞ」
くすくす笑うレフの身体を、もう一度ぎゅっと強く抱きしめて。ウィルトは名残惜しそうに腕を解く。
ほうっと一つ息を吐いてから、にやりと口元を吊り上げ、レフの目を覗き込んだ。
「この勢いに乗っかって、今夜はここに泊めて〜って、言ってみようかな」
「却下だな」
「残念。そこまでは甘くないか」
言いながらウィルは、素早くレフの顎を掴むと、掠めるようにして唇を触れさせた。
「っ…ウィル!」
かあっと顔を赤くしたレフが手を上げる寸前に、ウィルトはソファーから立ち上がり、手の届かないところまで身を引いた。
「ははっ!顔赤いよ、レフ」
「うるさいっ」
「勝手に口説き続けるって言っただろ?オレ、来月には王宮へ移り住むことになってるから。覚悟してろよな」
「何の覚悟だ何の!!」
「一晩じっくり考えるといいよ。おやすみレフ。また明日」
「ウィル!」
ひらりと身を翻し、軽く片手を振りながらウィルトは部屋を出ていった。
手で唇を覆う。しばらく経っても、頬の赤みが引いてくれない。
レフはもうすでに、自分の言葉を後悔し始めていた。
《ツヅク》