もしやと思って、引き返してきたのが正解だったらしい。
泰成(タイセイ)は今夜も「彼」を見つけていた。
何度撃たれても死なず、どんなに愛しても痕跡を残さない人。
泰成に見知らぬ感情ばかり、植え付けていく人だ。
彼と出会った夜はあんなに丸く明るかった月も、今は随分痩せて、闇を浮かび上がらせるようになってしまった。会うのが夜ばかりのせいか、泰成は月の姿に彼を重ねてしまう。
今夜も泰成は、シルヴィアの元を訪れてから、街へ出た。
いつだったか「買い上げてやる」などと言った泰成に、それ以降シルヴィアは毎日冷たい態度で接しているが、泰成の方は一向に彼女の気持ちなど、考えていない。
今日も「報酬分の仕事はしてもらう」と言い放って、彼女に占いをさせたのだ。
「捨てられた教会にいるわ」
彼女の叩きつけるような言葉から推理して、向かった先には誰もいなかった。
もしかしたらと、街から少し離れたところに建つ、廃墟と化した教会へ引き返す。
教会自体は新しいものが街の中心に建てられ、ここは確かに「捨てられて」いるのだ。
占いの精度が上がったのか、それとも別の理由なのか。シルヴィアが指定した場所で彼を見つけたのは、初めてだ。
暗闇の中、ぽつんと灯った蝋燭に、彼の横顔が浮かび上がっていた。
ゆっくり廃墟の中へ足を踏み入れる。
舞い上がった埃に、思わず泰成がむせて咳き込むと、奥にいた彼がうんざりした顔でこちらを向いた。
でも、いつものように逃げ出そうとはしない。まるで泰成が近づいていくことを、許しているとでも言うように、じっとこちらを見ている。
彼の態度に違和感を感じながらも、泰成は見えない埃を払うように手をひらひらとさせ、なんとか呼吸を落ち着けながら彼の元へ足早に近寄った。
彼は今にも崩れそうな、壁際の長い椅子に座ったまま、泰成を待っている。
「…お前は、よほど暇なのか?」
「あんたを探すのに、毎日忙しい」
肩を竦めて言う泰成の、変わらぬ高飛車な言い方。
泰成は溜め息を吐き出した彼の、ほっそりとした顎を捉え、唇を重ねた。彼は初めて、少しも抵抗せずに受け入れている。
しかしそれを無邪気に喜ぶほど、泰成は子供ではない。
「どうした」
「…別に。疲れているだけだ」
素直に答える彼は、自分の言葉を証明するかのように、ぼうっとした瞳に泰成を映している。