【この空の下にB】 P:02


 彼が不変の身体をしていることは、もう疑いようがないけど。その顔は少し青ざめて、美しい造作に暗い影を落していた。

 それ以上何も言わず、彼の視線は泰成に興味を失い、人々の信仰から投げ出された教会へと向けられる。泰成もなんとなく彼の視線を追い、教会を振り返った。

 外からはほうほうと、不気味な鳴き声聞こえている。かつてガラスが入っていたのだろう、今はぱくりと口を開けているだけの窓から、裏の墓地までが一望出来た。
 一歩足を進めるだけでも、何かを踏むんじゃないかと気を使うような、朽ち果てた廃墟。

「まさかこんな所で、手を出したりはしないだろうな」

 唐突に話しかけられ、泰成は疲れきった様子の美しい人を見つめた。

「まあ、そうだな」

 苦笑いを浮かべて頷いた。
 興味があれば一通り何でもやってみる泰成だが、さすがにこんな汚い廃墟で一晩過ごしたことはない。
 泰成は目に見えないものを怖がるほど、繊細な神経の持ち主ではないが、やはりこんな廃墟、誰にとっても居心地がいい場所ではないだろう。

 不思議と、恐ろしさは感じない。
 だがかつては人々の信仰を捧げられ、明るい光に満ちていたはずの場所。時間の中で置き去りにされ、静かに朽ちていく空間は、どうにも人の気を滅入らせる。
 泰成はじっと彼を見つめた。
 こういう崩れる寸前の危うさは、彼の退廃的な美貌に似合うと思うけど。

 真っ暗な廃墟。
 物音ひとつしない、暗闇。

 長い間放置されている空間は、あまりにも彼に似合い過ぎていて、やけに不安を掻き立てる。

「行こう」

 手を差し伸べる泰成のことを、男は戸惑った顔で見上げていた。

「こんな所に長くいるもんじゃないだろ。場所を変える」

 泰成は強い力で彼の腕を掴み、無理矢理立たせて勝手に歩き出す。
 傲慢な泰成の行動には慣らされてしまった彼だが、さすがに立ち止まって、掴まれている腕を引き戻そうとした。

「おい、ちょっと待て」
「何だ?」
「お前の頭には、何もせずに帰ると言う考えは浮かばないのか?」

 ここが嫌なら、もう今日は諦めて帰るとか。そういう結論には至らないのかと、呆れた顔で尋ねる男を見つめ、泰成は「そうだな」と呟きながら、視線を広いだけの廃墟へ向けた。
 転がった椅子。誰かが落した、何もかかれていない紙きれ。もう斜めになり、埃を拭ってももらえない額縁。