世界中を巻き込んだ二度の戦争が終わって、数年が過ぎている。
まだまだ東洋人の姿も珍しい西洋の国。
この国の冬は寒い。
祖国にいればまだ秋と呼べる季節だが、ここは元より日照時間が少なく、すでに冬の足音が聞こえている。
首都から少し離れた街の裏路地で、青年は外套の前をかき合わせ、青白い月の昇る空を見上げた。
月は天上を回り、すでに下降を始めている。彼がこの辺りをうろうろと歩き出してから、すでに三時間以上が経過していた。
ふいに立ち止まり、ぐっと眉を寄せる。
東洋人にしては目鼻立ちのはっきりした、男っぽい端正な顔が、不機嫌さも露に歪んでいた。
「あのイカサマ占い師…やはり信用してやるんじゃなかった」
青年の呟いた言葉は、誰の耳に触れることもなく、冷たい空気の中へ消えていく。
人気のない路地裏。
祖国を遠く離れたこの場所は、彼が仮住まいの屋敷を構えている首都から、列車で五時間ほどかかる田舎町だ。
意志の強そうな瞳を見てもわかるように、彼は自分の思い通りにならないことが大嫌いな人間。
頭脳明晰で、逞しい体躯にも恵まれているが、我が侭な気性はあまりにも子供っぽい。何でも自分の勝手にしなければ気が済まないし、実際彼は、そう出来る立場にいる。
青年の名は、笠原泰成(カサハラタイセイ)。
落ち着いた容姿から想像も出来ないが、今年まだ十九になったばかりだ。
彫りの深い顔立ちや、この国の人々と並んでも引けを取らない長身は、一見すると東洋人に見えない。しかし祖国では随分と目立っていた彼の容姿も、この国ではそう珍しいものではなかった。
しかし街の裏通りを、あてもなくうろついていては、いくらこの国に馴染んだ容姿でも、普通は目立って当然だろう。
だが今、この場所には誰もいない。泰成がここへ着いてから、一人も通りがかる者はいなかった。
彼とて、こんな寂れた所を好んで歩いているわけではない。
目当てのものがいつまでも現れないために、長々と時間を費やしてしまっているだけなのだ。
泰成はもう一度周囲を注意深く見回し、足音くらいはしないものかと、耳を澄ませる。しかし街はまるで、誰もいないゴーストタウンかのように、静寂で満ちていた。
不愉快極まりなくて、舌打ちをする。
こんな下品な態度、祖国の口うるさい家令(カレイ)にでも見つかったら、執拗な小言を食らう所なのだが。今の泰成に意見できる者は、誰一人いない。