【この空の下に@】 P:02


 このままじっと立っていたら、そのうち寒さで身体が動かなくなりそうだ。
 泰成は仕方なく、さんざん歩き回った人気のない裏通りを再び歩き出した。

 物好きな、というのは、自分でも思う。
 悪趣味な、というのは、この街へ来ることを決めてから、散々言われた言葉。

 小さな街というわけでもないのだが、この街の人々は今、けして夜に外を歩き回ったりしない。
 訪れない客を待つ店もなく、酒を出すような所もぴたりとドアを閉めて、息を潜めている。

 街は今、大きな恐怖に晒されていた。
 姿の見えない殺意を恐れ、人々は家の中に閉じこもって、外が明るくなるのを待っているのだ。

 今、この街で起こっているは、解決の見通しも立たない連続殺人事件。
 あまりに陰惨な事件の概要に興味を惹かれ、泰成はわざわざ、首都の仮住まいからこの街へと出向いてきたのだ。
 三ヶ月ほど前から始まったそれは、今も解決には至らず、街の人々を恐怖に陥れている。

 最初に見つかったのは一週間ほど姿を消していた少年だった。
 それから十日と置かずに、街娼、警官、庭師、老人。
 次々と見つかる彼らは、惨殺されていること以外に共通点を見出せない。
 もう二桁に上っている犠牲者たち。
 年齢も性別もバラバラ。職業や家柄にも重なる所はない。貴族の夫人が殺されたことで、貧富の差も、この殺人鬼から逃れる理由にならないことがわかった。



 ちょうど犠牲者の数が十人に達した頃、首都にいた泰成は新聞にその記事を見つけて、随分と面白がっていた。
 今年十九になるとは思えないほどの落ち着きと、人目を惹く存在感の持ち主である彼は、普段から怖いものなど何もないと豪語している。
 実際、我が侭な性格でケンカにも強く、その上頭が切れる彼には、後ろ盾になる巨万の富と、生きているだけで手に入る大きな権力があった。

 祖国では他に類を見ないほどの名家。
 国を動かせる力を持った家に生まれ、長男として育った泰成は、自身の才能と笠原家の存在に守られ、目の前の全てを思うままにしてきた。
 笠原家は長男だけが全てにおいて優遇されている。泰成には弟が二人いるが、彼らと後継者である泰成は、けして同じように扱われることがない。
 笠原家の長男と言う立場は、どんなことも自身の思うままに出来るのだ。

 そのせいか彼には、人として大切なものが、決定的に欠けている。
 哀れみとか、人情とか。正義感や義憤。何かを、誰かを、大切に思う気持ち。