「仲が悪そうだな」
「確かにな。でもまあ、仲がどうこう言うほど、親しくもない。どちらかといえばまだ…」
この街にも同行している、秀彬の方が身近なくらいか。一生懸命、辞書を開いていた少年を思い出して、泰成は少し表情を緩めた。
顔を上げれば、なんとなく優しげにも見える男が、泰成に興味をなくして、天井を見上げている。
僅かに身体を起こし、彼の美貌を見つめて、泰成はその唇を指先で辿った。
「なんだ?」
「いや…」
いつもならここで、名前を教えろ、素性を話せと、応えてもらえない追求をしながら、強引に彼の身体を暴いていく。
なのになぜか今日は、そんな風に強引なことをしたくなかった。
「…口付けても?」
「何を今さら…」
「もう一度、私の名を呼んでくれないか」
彼の方も、見たことのない泰成の姿に戸惑っているようだ。
何度も何度も唇を撫で、答えを待っている泰成。ふうっと溜め息を吐いて、彼は目を閉じた。
「泰成」
ただそうやって名前を呼ばれるだけで、泰成の胸が締め付けられる。
何だろう?この感覚。
感じたことのない、息苦しさは。
身を屈め、唇を重ねた。
いつもより言葉少なく抱き合う肌が、昨日までと全然違って甘くさえ感じる。
身体を繋ぎ、声を上げさせる身体は、昨日までと何も違わないのに。
泰成は差し込む朝日の眩しさに、一人で目を覚ます。
……ゆっくり身体を起こした。
感じたことのない余韻が、身の内に宿って緩やかに心臓を叩いている。
これまでとはまるで違う夜だった。
いつもは彼の快楽を弄ぶ泰成なのに、昨日は珍しく自分の方が、彼の身体に溺れていた。
あたりに美しい人影は、ない。
ふいに手をついた場所を見れば、申し訳程度の気持ちで敷いた、彼のコートが残されている。
代わりに泰成のコートが消えていた。
「あれを着て行ったのか?…合わないだろうな」
泰成と彼は、随分と体格が違う。
自分のために誂えられた外套。彼が着たら、裄も丈も余ってしまうだろうに。
袖から指先しか出ないコートを着たあの人は、どんなにか愛らしかっただろうと思い浮かべて。
泰成は埃っぽい部屋で一人、笑い声をかみ殺した。
≪ツヅク≫