【この空の下にB】 P:01


 もしやと思って、引き返してきたのが正解だったらしい。
 泰成(タイセイ)は今夜も「彼」を見つけていた。

 何度撃たれても死なず、どんなに愛しても痕跡を残さない人。
 そして泰成に見知らぬ感情ばかり、植え付けていく人だ。
 彼と初めて出会った夜は、あんなに丸く明るかった月も、今は随分痩せて、闇を浮かび上がらせるようになってしまった。会うのが夜ばかりのせいか、泰成は月の姿に彼を重ねてしまう。

 今夜も泰成は、シルヴィアの元を訪れてから、街へ出た。
 いつだったか「買い上げてやる」などと言った泰成のことをどう思ったのか、シルヴィアは毎日冷たい態度で接してくる。しかし泰成の方は、一向に彼女の気持ちなど考えていなかった。
 今日も金をばら撒き「報酬分の仕事はしてもらう」と言い放って、彼女に占いをさせたのだ。

「捨てられた教会にいるわ」

 彼女の叩きつけるような言葉から推理して、いつものようにズレを修正し、向かった先には誰もいなかった。
 もしかしたらと、街から少し離れたところに建つ、廃墟と化した教会へ引き返す。
 教会自体は新しいものが街の中心に建てられ、ここは確かに「捨てられて」いるのだ。
 占いの精度が上がったのか、それとも別の理由なのか。
 シルヴィアが指定したそのままの場所で彼を見つけたのは、初めてだ。

 暗闇の中、ぽつんと灯った蝋燭に、彼の横顔が浮かび上がっていた。
 ゆっくり廃墟の中へ足を踏み入れる。
 舞い上がった埃に、思わず泰成がむせて咳き込むと、奥にいた彼がうんざりした顔でこちらを向いた。
 でも、いつものように逃げ出そうとはしない。まるで泰成が近づいていくことを、許しているとでも言うように、じっとこちらを見ている。
 彼の態度に違和感を感じながらも、泰成は見えない埃を払うように手をひらひらとさせ、なんとか呼吸を落ち着けながら彼の元へ足早に近寄った。
 彼は今にも崩れそうな、壁際の長い椅子に座ったまま、泰成を待っている。

「…お前は、よほど暇なのか?」
「あんたを探すのに、毎日忙しい」

 肩を竦めて言う泰成の、変わらぬ高飛車な言い方。
 泰成は溜め息を吐き出した彼の、ほっそりとした顎を捉え、唇を重ねた。彼は初めて、少しも抵抗せずに泰成を受け入れた。
 しかしそれを無邪気に喜ぶほど、泰成は子供ではない。

「どうした」
「…別に。疲れているだけだ」