【この空の下にE】 P:01


 ふっと目蓋を上げた笠原泰成(カサハラタイセイ)は、腕の中で眠る人を見つめて、柔らかく微笑んだ。まだ起きる気配のない、美しい人。この人を自分の滞在しているホテルへ連れてきて、十日が経っている。
 最初こそ彼は苛立って、何かと言えば文句を言っていたが、もう慣れたのか、それともどうでも良くなってしまったのか。昨日の夜などは、おとなしいものだった。
 しかし自然に肌を重ねるようになっても彼の心は頑なで、身体と同じように泰成を受け入れてくれはしない。毎日ベッドを共にしていても、惺は自分のことをあまり話そうとしないのだ。
 急いても仕方ない、と泰成は最近、考えを改めている。こうやって一番近いところで体温を感じていれば、そのうちこの孤独な人は、心を開いてくれるだろう。

 ほくろひとつない肩に、唇を寄せる。
 華奢な身体が覚醒を嫌がって身じろくのに、泰成は小さく溜め息を零した。

「惺(セイ)…まだ起きないのか?」
「ん…うるさい…僕の勝手だろ…」
「ま、そうなんだがね」

 掛け布の中でゆっくりと滑らかな肌を撫で下ろしていく。指先に力を込めて、腰の辺りを押さえると、惺はびくんと身体を震わせた。

「あ…んっ、や…」
「本当にここが弱いな」

 布に遮られて今は見えないが、そこに痣があるのを泰成は知っている。
 惺の名を表すように、きれいな星の形。描いたようなそれは、浅い色の肌に禍々しく目立っていた。
 真っ黒な星なんて、彼の清廉な性格には少しも似合っていない。
 しかし優しく身体を撫でていても、熱く愛撫を与えていても、それはまざまざと存在を主張して、目にすると必ず泰成の意識を攫ってしまう。

「惺…」
「あ、あ…っ」
「おはよう、惺」

 まどろみに落ちようとしている惺の腰を執拗に撫でて、首筋に唇を押し付ける。そっと掛け布を剥ぎ、現れた星の形を指先で辿ると、彼は弾かれたように身を起した。

「っ…そこには触るなと何度言わせる!」
「仕方ないだろう?こうでもしないと、あんたは起きないじゃないか」
「その、痣は…お前が触っていいものじゃないんだ…」
「誰ならいいんだ?」
「うるさいっ!」

 この会話も、もう何度目だろう。
 惺は何事にも諦めが早く、一度か二度抵抗すればどうでも良くなってしまう。しかしこの痣のことだけは、どうしても譲ろうとしなかった。
 この痣に触れていいのは、お前じゃないと。泰成ではダメだと言った、同じ表情で拒絶するのだ。