寝室で身を起した笠原泰成(カサハラタイセイ)は、日の落ちた窓の外を眺めて、一人溜め息を吐いていた。いつまでもここに閉じ篭っていることは出来ない。空腹も、膠着状態も、いい加減限界だ。
「後悔、しただろ」
ぼそりと囁かれ、隣に視線を落す。
珍しく泰成が声をかける前から目を覚ましていたのか、惺(セイ)が嫌味な笑みを浮かべて見上げていた。
「…後悔、と言う程のものじゃないさ」
「いい加減お前も強情だな」
「なんとでも言ってくれ。従者に詫びる言葉など持ち合わせていない」
初めて強い言葉で泰成に意見した、従者の来栖秀彬(クルスヒデアキ)に「出て行け」と言い放ったのは昼前のこと。
華奢な身体を部屋から放り出したとき、確かに自分はどうかしていたと、泰成はまた重苦しい溜め息を落した。
事件の真相とか、次の殺人とか。泰成にとっては相変わらずどうでもいいことだ。
しかし必死に訴える秀彬を見たせいか、だんだんと自分は出来るだけのことをするべきだったのかもしれない、と思い始めている。
街で偉そうに振舞う警察に協力してやるのは癪だが、気付いた事件の謎を隠しているのは、あまりにも子供っぽい。
惺を手放したくないからといって、それは同列に並べるべきじゃないだろう。
いつまでも子供だと思っていた秀彬は、随分大人びた顔で、泰成に向き合った。これではまるで、意地になっている自分の方が幼い思考をしていると言われても、仕方ない。
怖がりのあの子は、出来るだけ殺人鬼になど、関わりたくないだろうに。
泰成のように興味を持ったわけでも、惺のように容疑者として巻き込まれたわけでもない。それでも彼は立ち上がって、泰成に逆らい社会正義を訴えた。
……下らぬ奇麗事だと、今でも泰成は思っている。
でも子供の論理だと撥ね付けられないくらい、秀彬の言葉は道理を得ていて。
慣れぬ後悔を押しやり、泰成は拗ねて眉を寄せた。
「…秀彬の言葉を聞き入れてやらなかった私は、主人として度量に欠けていたかも知れないが、出て行けと言われてすぐ戻って来ているあいつも、同罪だろう?」
「どこがだ。屁理屈を捏ねるな」
非難がましい視線で睨まれ、泰成は仕方なく枕もとの呼び鈴を鳴らした。
暗く落ち込んでいるだろう、年若い従者は躊躇いがちに、でもすぐに部屋へ飛び込んで来るに違いない。