【この空の下にG】 P:01


 これほど夜明けが遠いと思ったのは、生まれて初めてだった。
 笠原泰成(カサハラタイセイ)は窓辺に立ち、白々と明けていく空を睨みつけている。

 迷いも、後悔も、初めて感じる気持ち。
 本当に惺(セイ)を行かせて良かったのか。本当に秀彬(ヒデアキ)は帰ってくるのか。
 万が一のことでもあったら、自分はなんと言って来栖(クルス)家の人々に詫びればいいんだろう。
 身動きの取れない悔しさ。両腕をもがれたような痛み。
 何でも出来るなどと傲慢に言い放っていたはずなのに、今、泰成は一人だけ安全な場所で立ち竦んでいる。

 しかし彼が動揺し、うずくまるように頭を抱えていたのは、惺が出て行ってからの一時間ほどでしかなかった。
 振り返る視線の先に、大きな地図。この街の全体図だ。そばに積み上げているのは人を使ってかき集めた、事件の資料。もちろん中には、秀彬の手によるものも混ざっている。
 それらを丁寧に検分した泰成は、見えてきた真実を前に、自分が真剣に事件と向き合ってはいなかったことを、思い知った。
 興味本位で首を突っ込んでいた頃とは違う。どうあっても、自分の手で犯人を明白にして、引きずり出してやるつもりだ。

 秀彬が帰ってきたら、動く。
 帰ってこなくても、明朝には反撃を開始する。

 悔しい気持ちよりも、苦しさに耐えられない。自分が愚弄されたと思うことより、秀彬や惺を奪われたことの方が、泰成の怒りを掻き立てた。
 今は行動を起せず、ホテルの部屋に足止めされているが、泰成の怒りは冷たく静かに爆発している。

 何かに執着することは、弱味を持つことだと思っていた。
 家族同然の秀彬を奪われ、初めて愛しいと思った惺を奪われて。泰成は弱さというものを改めて考えている。

 何かを、誰かを、失いたくないと思うことで、初めて抱える弱さ。その構造に間違いはないと思う。
 金や権力で泰成に何かを奪われ、這い蹲って嘆く人間を、何人も見てきた。彼らは皆、憎しみを込めて泰成を睨んだものだ。
 しかしそうやって拳を握り締め、血が滲むほど大地を打つ彼らは、人の力を我が物顔で振るう泰成なんかより、ずっと強い心を持っている。