大きな屋敷の周りを、一人でゆっくりと歩いていた笠原泰成(カサハラタイセイ)は、懐に手を忍ばせながら立ち止まった。
目の前にそびえる、街で一番大きなこの屋敷に、泰成は何度か足を運んだことがある。
屋敷の主人は、街で一番の権力者。
事件の情報を提供させるため、またこの街で泰成が自由に動き回るために、なにかと便宜を図らせるため、訪れたのだ。
ちょうど門のそばに立ち止まったものだから、懐に手を入れる泰成を見咎めて、警備中の門番たちが視線を鋭くした。何をする気だと警戒して、肩から下げた銃に手をかけている。
彼らの姿に肩を竦めると、泰成は気軽に笑って見せた。そうして降参を示すように片手を上げたまま、懐に入れた手をゆっくり抜き出す。掴んでいたシガレットケースを見て、二人いた門番たちも顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
自分への不審を払拭した二人に、泰成はシガレットケースをゆっくり開きながら歩み寄っていく。
「仕事の邪魔をして、すまないね」
詫びだとでも言うように、ずいっと二人にタバコを差し出した。
彼らは躊躇うように顔を見合わせたが、差し出されたタバコの軸に、庶民ではなかなか手に入らない、輸入物の高級な銘柄が印刷されているのを見つけ、目の色を変える。
二人はしばらく躊躇っていたが、結局は誘惑に負けて、にやにや笑いながら、同時にタバコへ手を伸ばした。
「旦那に用かい?」
「いや、通り掛りだ。しかしこんな時間なのにご在宅なのか?」
まだ明るい時間だ。普通なら仕事で出ている時間だろうに。
世間話を装って聞く泰成に火を借りながら、二人は呆れた顔で「いい身分だろ」とぼやいている。
「ここ二・三日は、仕事に出られていないんだよ」
「屋敷から出ていないのか?」
「ああ。何か用でもあるんだろ。ずっと奥の離れに閉じこもっていらっしゃる」
「ま、今まで真面目一徹な人だったからな…ああいうのが一度悪い遊びを覚えると、ハマるもんだ」
ニヤニヤ笑っている二人に、あえて事情は詮索せず、泰成は訳知り顔で「なるほどね」と頷いた。
そうやって聞かれないと、言いたくなるのが人間の性というやつで。勧められた高級なタバコを味わい、見たことのない巻紙をしげしげ眺めている二人は、代わる代わるに口を開いた。
「最初は可愛いモンだったのさ。そういう商売のを連れ込んでは、小銭をやって返していた」