【この空の下にH】 P:10


 本当ならこの手で引き裂いてやりたい、などと物騒なことを、泰成はまるで、子供が拗ねるような顔で言う。それを見た惺が思わず微笑んだとき、大勢の足音が近づいてきた。

「…なんだ?」
「警察だろ」
「警察…お前が知らせたのか?」
「ああ。しかし早かったな。証拠探しで明日くらいまで放置するかと思っていた」

 権力に弱いこの街の警察が、重い腰を上げるには、もう少し時間がかかるかと思っていた。
 泰成の脳裏に、唇を噛んで悔しがっていたミセス・ブラウンの顔が浮かぶ。彼女が署内の保守派を説き伏せ、警官たちを動員させてくれたのだろう。それを思うと、つい口元が綻んだ。
 近づいてくる足音に耳を澄ませている泰成が、優しく笑っているのを、惺は少し驚いた顔で見つめている。

「…どうかしたか?」
「いや、お前らしくないな、と思って」
「うん?」
「警察になんか知らせる義理はない。などと、言いそうだろ」

 そう、確かに。
 秀彬を連れ去られるまでの泰成なら、きっとそうしていただろう。
 首を傾げる惺に、泰成は微笑みを浮かべる。

「使えるものは、何でも使うことにしたんだよ。彼らの中にも優秀な者はいる。それに、この国では私に逮捕権がないのでね」
「利口なやり方だ」
「今度は褒めてくれているのか?」
「まあ、多少はな」

 惺が手を伸ばし、あからさまな子供扱いで頭を撫でると、泰成は拗ねるどころか嬉しそうに笑う。それを見てやっと惺も穏やかに微笑み、指先で泰成の頬の傷を拭ってやった。

「さて、長居は無用だ。後は彼らに任せて帰ろう」

 言いながら泰成は、惺を抱いたまま器用に肩で大きな窓を押し開ける。こっそり抜け出そうとしている泰成に、惺はまた不思議そうな顔になった。

「ここから出るのか?今のお前なら堂々と正面から出ても、咎められはしないだろ」
「貴方の口癖だ」
「は?」
「めんどくさい」

 くすっと笑って答える泰成に、一瞬呆れた顔をした惺は、それもそうだと呟いて、逞しい首筋に腕を回した。


≪ツヅク≫