ナツに任せておけば大丈夫だって、誰よりそう考えてしまうのは僕だ。
信頼が大きなプレッシャーになって、ナツの負担になってしまうことを、知っているはずなのに。確かに僕は、ナツが決める方向を疑おうとはしない。
「ナツは…いつだって、生徒のことを考えてるんです…」
「そうだね」
「自分のことなんか全部後回しで…いつも誰かの為に動いてる…」
いつからだろう?予定を決めるとき、ナツが必ず「お前はどうしたい?」って聞くようになったのは。勝手に動いているようでいて、その先に僕やナオの希望があるって気付いたのは。
ナツに任せるよって答えるとき、ナツが僕の気持ちをわかってるはずだって、決め付けてはいないだろうか。
僕は自分の痛いものを全部遠ざけて、それをナツが引き受けてくれていることに、目を逸らしているのかもしれない。
乗馬が好きだったナツ。
さっき先生の話を聞いてて思い出した。幼い頃に習っていたピアノも、双子とは思えないくらい、ナツは上手かった。
でも乗馬もピアノも、ナツは僕がやめたいと言い出したとき、両親に向かって言ってくれたんだ。
――二人でやめるって。
さっきの言葉が、ぐるぐる回りだす。
わからなくて、ごめん、って。すごく辛そうな声でナツは言ってた。僕のことをナツが理解出来ているのは当然なんだって、僕だけじゃなくナツも考えてるんだ。
ナツは間違わないなんて、いつから信じるようになったんだろう?
自分の仕事はナツのフォローだなんて、言い訳を始めたのはいつだった?
急にあったかくなった首元。
はっとして顔を上げても、藤崎先生は視界にいなくて。その代わりいつの間に移動したのか、僕の背後に回って、首筋に腕を回してる。
そのまま何度か、頭を撫でられた。
「感謝と謝罪は、時間が立つほど言い辛くなるんだよ」
厳しい言葉だけど、確実に僕の背中を押してくれる。
「誰も言わないなら、ぼくが言ってあげようか?君は随分と、ナツくんに酷いことを言っていたね」
ぎゅうって胸が痛くなった。
ああ、そうだ。
いつもいつもナツが先回りして謝ってくれるから、僕は誰からも責められない。
「嫌な奴だよね、君は」
笑いながら言われて、ムッとした僕は先生の腕を振り払い立ち上がった。
「そこまで先生に言われなくても、わかってますっ!」
なんで藤崎先生にそこまで言われなきゃいけないんだよ。元はといえば、この人が気に入らなくて始まったことなのに!
借りてた椅子を手荒に戻して、僕はずかずかと化学準備室を横切った。
「失礼します!僕は先生と違って暇じゃないんで!」
「そうだ、今日の茶菓子…ビスキュイ?美味しかったって、ナツくんに伝えておいてくれないかな」
扉までたどり着いた僕の背中に、先生がそんな声をかけるから。ばんっ!と大きな音をさせてドアを叩いた僕は、怒りも露に先生を振り返った。
「言いたきゃ自分で言えばいいでしょ?!誰も彼もあなたに傾倒すると思ったら、大間違いですよっ」
じろりと睨む僕の前で、先生は口元を吊り上げてにやりと笑う。
誰だよアレが可愛いとか言ってるの!確かに姿形は可愛いかもしれないけど、性格最悪じゃない!
「そうそう。君くらいはそうやって、ぼくにつっかかってくれないと」
「っ…後悔しますよ、嶺華で僕を敵に回したら」
明らかな敵意を感じて、牙をむいてみるけど。僕の言葉は、先生を面白がらせるだけだった。
「上等だよ。やれるもんならやってみな?平和な学校は退屈でね。ぼくはこういうのに憧れて、教師になったんだから」
いくらでも向かって来いと、不適な笑みを浮かべる藤崎先生。嶺華の教師とは思えないよ、その態度!
「そんな暇ありませんっ!」
思いっきりドアを閉めた僕の耳には、向こうで爆笑している先生の声が聞こえていた。
<<ツヅク>>...next,side:N.