【その瞳に映るものA】 P:01


 四月、新学期。
 日々平穏な嶺華(リョウカ)学院高等部も、入れ替わった顔ぶれに、少しざわついてる。
 見慣れた顔が去っていった寂しさと、新しく出会った人々への期待。
 数年ぶりに入った新しい先生。
 これから仲間に加わる外部入学生。
 彼らの不安を少しでも軽くして、これから始まる嶺華での生活を楽しんでもらうのが、生徒会長であるオレ、笠原千夏(カサハラチナツ)の役目。
 でもオレは生徒会長である前に、同じカタチの魂と容姿を持った、千秋(チアキ)の双子の弟だ。

 ――ここ最近、アキが不安定だってことに、ほんとはちゃんと気付いてた。

 めったに吸わないタバコを三日と開けずに吸ってたし、放課後アキが一人で先に帰ってしまった日もあった。
 アキとはほんと昔っから、どこ行くのも何をするのも一緒。だから「一人で先に帰ってる」って言われたときは、結構ショックだったんだ。
 だってオレにはその理由が、どうしても思いつかなかったから。
 自分で怒らせた記憶もないし、他にアキがムカつくような事態も、特に思い浮かばない。
その日だって、家でオレを迎えてくれたアキは、全然フツーだったんだよ。
 ちょっと眠かった、なんて理由を話してたアキ。それが嘘だなんて、バレバレだったんだけど。
 オレはなんだか、やけに動揺してしまって、追及しなかった。
 そのあとも年度始めの忙しさにかまけ、何も気付かないフリをしてしまっていたんだ。
 
 
 
 アキが唐突にキレたのは、生徒会室での出来事。
 でもオレはその時、他に気にかかってることがあって、アキの変化に気付くのが遅れた。
「そんなこと、あんたに関係ないだろ!」
 やけにアキの機嫌が悪かったのはわかってたんだけど、止める暇もなく言葉が荒くなっていって。
 今年度から生徒会顧問に就いてくれてる藤崎一琉(フジサキイチル)先生に、アキはとうとう本気で噛み付いた。
「アキっ!」
 慌ててアキの腕を掴んだ俺は、その時になってようやく顔色を無くしてるアキに気付き、心底驚いたんだ。
「…ナツ…」
 呆然とオレの名前を呼んでるアキ。でもオレはその場を収めることに気が焦って、ちゃんと話を聞いてやれなかった。
「言い過ぎだ、アキ」
 諌めるように言ってしまったオレに、アキは目を見開いた。
 ごめん、ごめんな。
 でも、ここでそんな風に揉めてしまったら、あとで後悔するのは絶対アキだと思うから。
「どうしたんだよ、冷静になんな?…先生の言うことは間違ってないだろ」
 アキの後ろにいる幼馴染みの直人が、動揺して顔を強張らせてる。
 こいつは昔から、誰のものであっても諍いごとが嫌いだから。いつも穏やかに接してるアキが声を荒げるのに、不安を感じているんだろう。
 心配すんなと微笑んでやったオレは、とにかくアキを連れ出そうとするんだけど。アキは強い力でオレの手を掴み返して、首を振るんだ。
「なに言ってんの?!この人はナツの足を引っ張ってんだよ!」
 アキらしくない、キツい言葉。
 ああそうかと納得して、オレは曖昧な笑みを浮かべる。
「そうじゃないって…なあ、アキ?オレたちは今まで、他の先生たちの放任主義に甘えてたんだ。そうだろ?先生はここへ来ないもんだと思って、好き勝手やってた」
「違う…違うよ、ナツ」
 何度も首を振ってるけど、オレは出来るだけ静かに話そうと心掛けていた。

 アキにはとても、保守的な部分がある。
 新しい環境とか人間関係に、上手く馴染めないんだ。
 もちろん時間が経てば平気なんだけど、最初はすごいストレス溜めて、苦しんでしまうから。ここんとこの不機嫌って、それだったのかもしれない。
 今までとは違うやり方で生徒会に関わっている、藤崎先生。
 小さい頃から見ていて、わかってるつもりだったんだけどな……もっと早くに気付いてやれば良かった。

「まあ落ち着けって。ここに顧問の席があるってことは、先生の同席のもとで生徒会運営をするのが当然なんだ。今までがオカシかったんだよ」
 良くも悪くも、今までの先生は放任主義で、オレたちに全部任せっきりだった。それは本当に、他の学校なら生徒任せにしないようなことまで。
 オレたちの通う嶺華学院は、生徒会長の指名制で生徒会を組織する。
 だからオレは、なるべくこの三期目まで、アキが気を遣わずに済むような人員構成を心掛けてたんだけど……さすがに顧問の先生までは決められない。
「ヤメてよ!なんでこんな人を庇うの!」
 アキは激しく首を振って拒絶する。
 でもさ、アキ。いつまでもそんな風に、ぬるい仲間内に閉じこもってるわけにはいかないんだよ。
 オレたちはもう、一年足らずで高等部を卒業してしまう。外部入学の生徒が半数を占める、大学部へ行くんだ。