振り向くと、それはタケルの腕で。慌てて手を離す。……だってこれは、オレが縋っていいものじゃない。
ちょっと困った顔のタケルから目を逸らし、俯いたオレは、居心地悪さから逃れるように、アキに話しかけていた。
「アキの声聞いて、安心した」
『うん、僕もだよ』
「すぐ戻るから、待ってて」
『ねえ帰りにシェーナ、寄って行く?』
「いいよ、アキが行きたいなら」
オレの答えに、アキは少し声を詰まらせたみたいだ。なんだろ、オレ変なこと言ったかな?
「どうした?アキ?」
『なんでもない。待ってるから』
「了解」
首を傾げながらも返事をして、携帯を切る。なんだろ……今のアキ、ちょっと妙な感じだったな。
もう一度振り返って、顔を上げたらそこには、さっきオレを支えようとしてくれたタケルが立っていて。心配そうにオレを見てる。
……オレじゃないか。アキのこと、心配てるんだろうな。
「なあタケル、この近くのシェーナってカフェ知ってるか?」
嶺華の近くにあるそのカフェは、直人が一時期バイトに入ってるとき行って以来、オレの気に入ってる店。今朝もちょっとだけ寄ってきた。
尋ねたオレに、タケルが首を横に振るから、懐のカードケースからシェーナのショップカードを探す。確か今朝、マスターから新しいのを貰ったはずだ。
「ん、あった。この店な」
「貰っていいのか?」
「やるよ。放課後は結構そこにいるから、たまに覗いてみ?オレがいたら声かけろよな」
手渡されたカードをじっと見ていたタケルは、そこから視線を外し、難しい顔でオレを見下ろしてる。
「どうした。場所、わかんねえ?」
「いや…わかる」
そうだよな、裏に地図も書いてあるし。
でもまだタケルは、何か言いたそうにオレを見ていた。
「なんだよ」
「…平気、か?」
それがアキとのことだと察して、オレは笑みを浮かべる。
「アキのことなら大丈夫だよ。オレに任せとけって」
好きな人が傷ついたのだと知って、平気でいられる奴はいないだろう。でもタケルは、いっそう渋い顔をするんだ。
「…なに…?」
「俺はアンタに聞いてるんだけど」
「…オレ?!」
頷くタケルはゆっくり手を伸ばして、オレの髪に触れた。
「アンタは平気か?…酷いこと言われたのは、アンタだろ」
そうっと髪に指を入れられる。不覚にもどきっとして、オレは後ろに下がってしまった。
「あ…悪い。大丈夫だから」
触れられた手が嫌だったわけじゃないんだって伝えたくて、首を振る。
違う、違うんだ。
さっきオレは不覚にも、タケルの腕に縋ってしまった。この逞しい身体に支えてもらうことを望んだ。タケルが心配しても仕方ない。
ああ、こいつ。優しいんだ。
すげえ深い色の瞳に自分の顔が映り込んでて、泣きたくなって。……オレは、もう一度首を振った。
オレは、アキの弟だから。だからオレのことまで心配してくれんだよな?
「オレは…平気、だよ」
慣れてるはずだ。
オレの気に入る奴がアキを好きになるのは、よくあること。
それどころかタケルは、最初からアキを好きで、だからこうしてオレのことまで、気に掛けてくれる。
「今度会うときは、ちゃんと自分の服で来いよな」
「センパイ…」
「アキも一緒にいたら、ちゃんと紹介してやるから。な?」
微笑みかけ、オレは踵を返した。
早く戻らないと、アキが待ってる。
でもオレはどうしても、今日タケルに会ったことをアキ言えない気がして、どうしてそんな風に思うのか、自分でもわからなくて。
少しずつ足が重くなっていくのを感じていた。
...next,side:A.
≪ツヅク≫