【その瞳に映るものA】 P:08


「二年だって言ったよな?自慢じゃねえけど、嶺華高等部の二年でオレの名前知らない奴はいねえんだ。ほれ、言ってみ?」
 追求する言葉に答えが返せなくて、タケルが焦りだす。おろおろしてる姿に幼さが見え隠れして、これだけのガタイに不釣合いなとこが面白い。
 アキも気に入るといいな。
 あいつが男からの気持ちを受け入れるとは思わないけど、でもこの可愛い後輩を気に入ってくれるといい。
 ……いつもみたいに、手酷く振ったりせずにさ。
「ナツ…だろ?」
「耳はいいんだっけ」
 さっきの会話を聞いてれば、それっくらいはわかるよな。
 じいっと見上げるオレの視線の先、またタケルが赤くなる。
 ほんとにアキが好きなんだなあ。同じカタチの顔で見つめられたら、たまんないってとこ?
「千秋の双子の弟で、笠原千夏っての。オレの名前。嶺華の生徒会長サマ」
「チナツ…」
 なんだか大事なものみたいに、ゆっくり名前を呼ばれてこっちまで照れてくる。
「っ…えっと、どこだか知らねえけど、二年なんだろ?
オレは三年なんだから、呼び捨てはないんじゃね?」
「…じゃあ、笠原さん」
「それじゃあアキと区別つかねえじゃん」
「なんだよ…なんて呼べばいいんだ?」
 むうっと拗ねた顔。やっぱこいつ、こういう顔すると可愛いな。
「そうだなあ…普通は先輩、とかじゃねえの?」
「セン、パイ?」
 嫌そうな顔すんなよ。実際オレの方が年上なんだから、間違ってねえじゃん。
「そ。これからはそう呼べ」
 偉そうに言ってやると、タケルは不満そうに黙ってしまう。
 なんだよ、なに不機嫌になってんの?
 あんまりにもタケルがむくれてるから、面白くなってきて、オレは意地を通すことにした。
「お前がオレをそう呼ぶなら、今日の不法侵入は見逃してやるよ」
「名前教えたら見逃すって、言っただろ」
 うわ〜記憶力いいなお前。
「言える立場かよ?大体、誰の制服なんだそれ?全然サイズ合ってねえけど」
 袖とか裾とか短くてさ。胴回りは余裕あるみたいだけど、胸板が厚いのか苦しそうにさえ見える。
「…もう卒業してるイトコに、借りて…」
 しどろもどろの言い訳。そっか。アキに会いたくて、必死だったんだろうな。
「会わせてやろうか?アキに」
 オレの言葉にタケルは驚いた顔をするけど、密かにオレも驚いてた。今までアキを好きだっていう話は何度か聞いたけど、頼まれてもいないのにここまでしてやろうと思ったのは、タケルが初めてだ。
 でもタケルは慌てたみたいに首を振る。
「なんで?」
 
あれ?会いたくねえの?
「なんでって言うか…」
 タケルが何か言いかけるのに、タイミング悪く携帯が鳴った。
 ――これ、アキからの着信音だ。
「アキだ…呼ぶか?」
「いや、いいっ」
「?…タケル?」
「いや、だから…センパイから話聞くだけで、いいからっ」
 かあっと赤くなってくタケルの顔に、まだそこまでは勇気が出ないかな、とあたりをつけた。しかたないと、タケルに黙ってるよう促して、携帯を繋ぐ。

『ナツ…?』
 戸惑ってるみたいな、アキの声。電話してきたものの、なんて言えばいいのか迷ってるんだろう。
「一琉ちゃんの話、終わったか?」
『うん。あの…ごめんね…』
 躊躇いとか後悔とかが一杯詰まった、アキの優しい声。すげえ安心して、オレは電話越しだってのに、
思わず首を振ってた。
「いいって…お前が謝るこっちゃねえよ。なあ、今どこ?」
『生徒会室、戻ってきた』
「ああ…悪い、今日はみんな帰ってもらったんだ。片付いてんだろ?」
『うん…ねえ、ナツは?どこにいるの』
「オレ、は…えっと。まだ校内」
 まさかアキがいたすぐそばで、ストーカ中の他校生とのんきに話していたとは、言えないよな。
『…そう…』
「アキ?どうした」
 不安そうな声を出すアキが心配になってきて、オレはタケルに背を向け携帯から聞こえるアキの声に集中する。
『ねえナツ…戻ってくる?』
 ちょっと震えてるみたいな、アキの声。さっきの自分の言葉に捕われてるんだ。
「戻るに決まってんだろ」
『ナツ…』
 明るく言うオレに安心したのか、ほっと息を吐き出してるのが聞こえた。

 オレたちはとても似た双子だけど、ケンカをしないわけじゃない。
 でも今日みたいに、どちらかが一方的に八つ当たりするような、そんな諍いはめったにないから。
 ――なあ、同じだよな?アキ。
 すげえ後悔したのも、素直になれない自分に動揺したのも。同じだろう?
 オレたちは同じ螺旋を共有した、一番近い存在なんだから。

 震えがくるくらい安堵したオレは、情けなくも立っていられないくらいに力が抜けてしまう。
 そしたら後ろから、ふいに支えてくれる手が伸びてきて。オレはとっさにそれを掴んでいた。