【その瞳に映るものB】 P:10


 メール作成画面を呼び出すけど、何を書いていいのかわからない。
 まだシェーナにいるんだろうか?
 それとも、もう帰ってる?
 一緒に生まれてから、今まで。何をするのもずっと一緒だったナツ。道が分かれてしまうなんて、考えたこともなかった。

 ――ねえナツ、悲しむ?怒る?

 こんな大きな決断を、ナツに相談もせず決めたのは初めてだ。
 残ってたビスコッティを手にとって、齧ってみる。ほんのり香るオレンジと、優しい甘みがナツを思わせる。
 まるで先生に押し切られたみたいになったけど、僕は自分の決断に、もう迷ってはいなかった。
 ナツと僕は、違う人間だって。
 本当はずっと誰かに、言って欲しかったのかもしれない。
 いつもいつも「ナツアキ」って、まるでひとつの存在みたいに言われるのが当然だと、自分でも思っていたから。ようやく僕は僕自身を、認めてあげられそうな気がするんだ。
 先生が言う通り、ワガママで猫かぶってて。無駄にプライドだけ高いし、皮肉屋だと思う。
 でもそんな、大嫌いだった自分を、先生は気に入ってるって言うんだ。……あのナツよりも。
 ナツがどんなに凄い人間か、正確に把握してる先生が言うんだよ。

 口付けられた額に手をあてると、ドキドキ鼓動が跳ねる。意地悪く笑う先生の、猫みたいに悪戯な顔が思い出されて、顔が赤くなってくのがわかる。
 間近で見つめた先生が、可愛かった。
 今まで一度も考えなかったことが、たくさん自分の中に流れてきて。少し混乱しているのかもしれない。
 僕は携帯を閉じ、溜め息を吐いた。
 なんて、言おう。
 どう言えば僕の中の混乱を、ナツにわかってもらえるだろう。
 新しい場所へ踏み出したい。
 でもそれを、どんな言葉で伝えればいいのか。どうしても思い浮かばなかった。


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≪ツヅク≫