今月、5月半ばに行われた内部進学の審査テスト。月末には結果がわかって来月のアタマに正式発表されるんだけど。不合格者は先に呼び出されて、追試を言い渡されるんだ。
その時期はもう過ぎたから、内部進学希望者の命運はすでに決まってて、呼び出し受けてない奴は大抵受かってるはず。
それにしても一度目の追試で及第点取れたら、合格なんだぜ。ほんとヌルいよな。必死で勉強してる世間の受験生に、申し訳ねえよ。嶺華大学って外部からだとレベル高ぇのにさ。
脱落者を出したがらない嶺華のことを、ぬるま湯温泉って呼んだのは、オレの前の生徒会長だ。物静かで穏やかだけど、すげえ口の悪い人でさ。でもめちゃめちゃアタマ良くて、何事にも分析が的確で、オレはけっこう好きだった。
外部を受けて国公立大学の医学部へ行った先輩。元気にしてっかな。
「笠原!笠原千夏!」
呼ばれて振り返ったオレは、クラス担任の山野(ヤマノ)先生を見つけて足を止める。
「じゃあ俺ら、先に行ってっから」
「おう、すぐ行くよ」
一緒に歩いていたクラスメイトは、オレと同じ生徒会役員。軽く手を上げて去ってくのを見送り、慌しく近づいてくる先生を待っていた。
今日はアキと別行動。
今日はっていうか、ここんとこ別行動が多くて、ちょこっと寂しいんだよな〜……いや、そんなことアキに言ったりはしないけどさ。
アキは最近、化学準備室に入り浸ってるんだ。一琉(イチル)ちゃん、藤崎(フジサキ)一琉先生のところ。
授業終わった途端に、用があるとか何とか、適当な言い訳しながら即行で教室を飛び出してっ行って、三十分くらい後に生徒会室に現れる。一琉ちゃんと一緒にな。
生徒会室ではみんないるし、なんでかアキは一琉ちゃんにべったりで、二人で話す暇なんかない。
終わったら終わったで、まだ用があるから先に帰ってくれって言うんだよ。仕方なくオレは一人で帰るんだけど、夜遅くに帰ってくるアキは疲れた顔してて、とっとと寝てしまう。
同じ部屋で寝起きしてんのに、ここんとこ、ろくに喋ってねーんだ。
そりゃさ……今までが双子だからって、くっつき過ぎだったのかもなって、思うけど。
あいつちょっと前まで散々、一琉ちゃんにつっかかってたじゃん?なのに最近は、やけに仲がいいんだ。嫉妬する気はないんだけどさあ。
「笠原、お前もう聞いたか?」
オレの腕を引っ張るや否や、人気のない階段の踊り場に連れてったかと思うと、山野先生は声を潜めて聞いてきた。平静を装ってるみたいだけど、先生はかなり興奮してる様子だ。
「え〜…何スか。聞いてないですよ」
こういうの、ちょっとワクワクする。オレが先生に倣って声のトーンを落とすと、さらに人目を避けたがって、先生は壁のほうを向いた。
山野先生はベテラン教師で、体系的にもどっしり構えた、頼りになる先生。三年の学年主任もしてる。
この人が生徒の噂や、たわいもないことで騒いだり、するはずがないから。いつも落ち着いた山野先生がこんなに興奮するなんて、よっぽどのことだ。
一体どんな話なのかと。オレの期待も、自然と大きくなってしまう。
ちらっとオレの顔を見た先生は、話の内容が知れてないと気付いたんだろう。にやりと笑って、焦らすように腕を組んだ。
「本当に知らんのか」
「本当に知りませんって」
そうかそうか、って。よほど嬉しいことでもあったのかな。いつもの厳しい顔を作ろうとしてるみたいだけど……頬が緩んでるよ先生。
ハンカチを出して額の汗を拭いた山野先生は、勿体つけた様子で「笠原千秋のことだ」と囁いた。
「アキのこと?」
「ああ。…担任にはギリギリまで知らせないことになってるから、私もさっき聞いたばかりでな」
双子で同じクラスなのは珍しいかもしれないけど、嶺華高等部は成績順にクラスを編成するから、オレとアキはずっと同じクラス。当然、アキの担任も山野先生だ。
その山野先生がギリまで知らせてもらえない?って、だから何の話だよ。
「アキのこと?ちょっと先生、焦らさないで下さいよ」
ただでさえ興味沸いてんのに、しかもアキのことだっていうのか?
咳払いをして腕を組み直すと、先生はわざわざ深刻な顔をしたりする。
……バレバレだってば、浮かれてんの。
どうにもすんなり話してくれそうにない山野先生。でも興奮は本物らしくて、でっかい身体のそばにいると、触れてもないのに先生の体温が伝わってくる。
オレは首を傾げた。
担任が最後に知らされること?でも普通は生徒のこと、担任が最初に知るよな。
ふと思い当たって、顔を上げる。
そういえばそんな通知、どっかで見た。
「あ、わかった。内進テストのことでしょう?」